聖地をめぐる対立
パレスチナ人は約99%がイスラム教徒とされ、残りはキリスト教徒だ。ただ、大多数がイスラム教徒と言っても敬虔さにはばらつきがあり、筆者の知人の中には酒をたしなみ、ベーコンを好むイスラム教徒のパレスチナ人もいた。
そんな世俗派のパレスチナ人にとっても、キリスト教徒にとっても、「聖地」は守るべき「パレスチナの象徴」になっている。
一方、ユダヤ教ではこの聖地を「神殿の丘」と呼ぶ。やはり極めて重要な意味を持つ空間だ。ユダヤ教の伝承ではかつてこの地に神殿が存在したとされ、最も神聖な場所と位置付けられている。現在、ユダヤ教徒の祈りの場となっている「嘆きの壁(西壁)」は、かつての神殿の外壁の一部と考えられている。
聖地をめぐるイスラエルとパレスチナの対立は宗教というより、それぞれのルーツや精神性につながる「象徴」の帰属問題なのである。
パレスチナとの和平問題が袋小路に入るなか、イスラエルでは「世俗」と「宗教」の分断が深刻になっている。近年はイスラエルで宗教右派の台頭が顕著だ。
ユダヤ人の国と言っても、ユダヤ系イスラエル国民の全てがユダヤ教の戒律を守っているわけではない。アメリカの調査では、日々の生活において宗教が非常に重要と回答したユダヤ系イスラエル人の割合は34%で、ある程度重要と回答した人の割合も22%にとどまる。つまり、半数にとって戒律は重要ではない。
世俗と宗教の緊張は「イスラエルの生来の問題」
エルサレムのような宗教都市では、ユダヤ教の戒律を厳しく守る「超正統派(ハレディーム)」の人口が増加し、安息日に車を運転できる道路が狭められるなど生活空間に宗教の影響が及んでいるが、テルアビブなど大多数が世俗派の都市では、安息日にも多くのレストランや店舗が営業している。宗教派は社会へのさらなる戒律の適用を訴え、世俗派との間に距離感と緊張感がある。