
イタリア事情斜め読み
新ローマ教皇レオ14世誕生の舞台裏

イタリアの格言に「教皇として入った者は、枢機卿として出る(Chi entra papa nel conclave, ne esce cardinale)」というものがある。
この格言は、政治やビジネスの世界でも広く使われ、最初に注目された人物が最終的に選ばれない場合や、予想に反して結果が変わる場合に使われ、選挙や競争において、最初に有力候補と見なされていた者が最終的に敗北することを意味するが、まさに、この表現は今回のコンクラーベ(教皇選挙)において、最初に有力視されていたピエトロ・パロリン枢機卿が選出されなかったという現実であり、この格言通りとなった。
2025年5月8日、カトリック教会は新たな指導者としてロバート・フランシス・プレボスト(レオ14世)を選出した。
この選出の裏には、最有力候補とされていたパロリン枢機卿の決断と複雑な教会内政治の動きがあった。
「一歩引く」という英断
祝福のロッジアに現れた新教皇レオ14世は、わざわざピエトロ・パロリンを自らの側に置いた。これは象徴的な行為である。コンクラーベ前夜、パロリンこそが次期教皇の最有力候補であった。「教皇として入り、枢機卿として出る」リスクを負ったのである。
コンクラーベ開始時、パロリン枢機卿は相当数の支持票を集めていた。「コリエーレ・デッラ・セーラ」紙によれば、5月8日木曜日の正午時点で、パロリン枢機卿は49票を獲得していたという。一方、プレボスト枢機卿は38票にとどまっていた。
しかし、教会内外の分裂に対処するための「揺るぎない多数派」を形成するには至らなかった。内部情報によれば、パロリン自身がこの状況を認識し、教会の一致のために一歩退くという決断を下したとされる。この「寛大な後退」により、支持票は台頭する候補者プレボストへと「誘導」された。コンクラーベ初日の黒煙が表れた大幅な遅れも、このパロリンの決断と関連があるという声もある。
| 北米と南米をつなぐ架け橋
新教皇レオ14世となったロバート・フランシス・プレボストは、このコンクラーベにおける北米と南米の枢機卿たちの水面下の対立から巧みに利益を得ることができた人物である。彼は20年間ペルーで宣教師として活動し、教区も設立した経験の持ち主である。フランシスコ教皇の旅行中に知り合い、すぐに枢機卿および教皇庁ラテンアメリカ委員会議長に任命された経緯がある。
プレボスト枢機卿はまた、ドナルド・トランプ米国大統領がUSAidが管理する国際援助の90%以上を削減するという決定に対して「犯罪的選択」と批判する立場を明確にしていた。この姿勢が彼の支持拡大に一役買ったとされる。
彼の背景も重要な要素だった。
フランスから移民した両親の息子である彼(父ルイ・マリウス・プレボストはイタリア-フランス系、母ミルドレッド・マルティネスはスペイン系)は、フランス語圏のアフリカの枢機卿たちからも好意的に見られていた。
JD Vance is wrong: Jesus doesn't ask us to rank our love for others https://t.co/hDKPKuMXmu via @NCRonline
-- Robert Prevost (@drprevost) February 3, 2025
| 伝統主義者からの支持
興味深いことに、伝統重視の枢機卿たちも彼を支持した。彼らは、フランシスコ教皇によって「地球の最も遠い角から最近任命された外部者」よりも、プレボスト枢機卿を好意的に見ていた。
彼らがプレボスト枢機卿に注目したのには理由がある。最後のシノドスで彼は、女性の執事叙階あるいは司祭叙階を求めるドイツの改革派司教たちと伝統主義者たちの間を取り持ち、合意に至らせるという偉大な調停能力を示していた。
数学、神学、教会法の学位を持つプレボスト枢機卿は、フランシスコ教皇の単なる追随者ではなく、フランシスコ教皇が完遂できなかった改革を実現できる人物として認識されていた。しかし、それは「断絶なしに」行われるべきものであった。
| レオ14世の名前に込められた意味
プレボスト枢機卿が教皇職のために選んだ「レオ14世」という名前にも深い意味がある。
彼はまず、カトリックの正統性を守り、アッティラに立ち向かってローマへの侵攻を思いとどまらせた聖レオ大王の後継者となる。
特に重要なのは、社会問題と労働者の権利に取り組み、教会の社会教説への道を開いた回勅「レールム・ノヴァルム」で知られるレオ13世の足跡をたどろうとしていることであると言われている。
この社会教説は第二バチカン公会議で強化され、パウロ6世の有名な言葉「貧しい人々の怒りに注意せよ」で象徴されるものとなった。
さらに、レオ12世は海外の民族に大きな開放性と関心を示した教皇でもあった。
コンボニ宣教会のジュリオ・アルバネーゼ神父によれば、1880年3月3日、レオ12世はローマに到着したバッファロー・ビルと共に来た先住アメリカ人のグループを最初に迎えた教皇だった。彼らはサン・ピエトロ大聖堂で教皇に謁見される前に、サンタンジェロ城から遠くないプラーティ地区に野営したという。アメリカ出身のレオ14世教皇がレオ12世教皇の意志を継承し、国際的な視野を持つ教皇としての役割を果たす可能性を表しているようで、彼の選出は、教会が多様性と国際的な連帯を重視する姿勢を反映していると考えられている。
| 教皇レオ14世の最初の演説の全文
「皆さんに平和がありますように」とロバート・フランシス・プレヴォスト教皇は最初の演説で述べた(これは、選出されたばかりの教皇が即興ではなく、演説を読み上げた初めての例である)。
【演説の全文(和訳)】
『皆さんに平和があるように!』最愛の兄弟姉妹たちよ、これは復活したキリストの最初の挨拶であり、神の群れのために命を捧げた良き牧者の言葉である。
私もこの平和の挨拶が皆さんの心に届き、皆さんの家族に、どこにいようともすべての人々に届き、すべての国々、そして地球全体に広がることを願う。平和があなたがたにありますように。これは復活したキリストの平和であり、武器を持たずに武器を奪う平和、謙虚で忍耐強い平和であり、神から来るものだ。神は私たち全てを無条件で愛してくださる。
今でも、私たちはローマで祝福を授けるフランシスコ教皇の、あの弱々しくも常に勇敢な声を耳にしている。あの教皇がローマを祝福し、世界中のすべてに祝福を与えてくれたあの朝、復活祭の日に。私はその祝福に続きたいと思う。神は私たちを愛しており、悪は決して勝たない。私たちはすべて神の手の中にいる。
だからこそ、恐れることなく、神と手を取り合い、互いに手を取り合って前に進もう。
私たちはキリストの弟子であり、キリストは私たちの先に進んでいる。世界は彼の光を必要としている。人類は、神とその愛に届くための橋として、彼を必要としている。私たちもお互いに、対話と出会いを通じて、橋をかけ、一つの民として、平和の中で共に歩んでいこう。
フランシスコ教皇に感謝を。
また、私をペトロの後継者として選んでくれた全ての枢機卿たちに感謝したい。私は皆さんと共に歩みながら、いつも平和と正義を求め、恐れずにイエスに忠実な人々として福音を宣べ伝え、宣教者として働いていきます。
私はアウグスティヌスの子であり、アウグスティヌス会の一員である。彼が言ったように、「私はあなた方と共にクリスチャンであり、あなた方のために司教である」。このようにして、私たちは皆、神が私たちのために用意してくださった故郷に向かって共に歩んでいける。
ローマ教会には特別な挨拶を。
私たちはどのようにして伝道的な教会となり、橋をかけ、対話を築いていくかを共に考えなければならない。常に受け入れる準備を整え、この広場のように、私たちの愛と対話、そして存在を必要とするすべての人々に開かれた教会であり続けよう。
そして、ペルーの私の教区に特別に挨拶を送ります。
「もし許されるなら、もう一言、私の愛するペルー、チクラヨ教区の皆さんに挨拶を申し上げます。そこでは忠実な民が司教を支え、信仰を共有し、イエス・キリストの忠実な教会であり続けるために多くのことを捧げてきました。」
(*再びイタリア語に戻り)
「ローマ、イタリア、そして全世界の皆さん、私たちは歩む教会、いつも平和と慈愛を求め、特に苦しんでいる人々に近づく教会でありたいと願っています。
今日はポンペイの聖母へのお願いの日です。私たちの母、マリアは常に私たちと共に歩み、私たちを助けてくださり、彼女の取りなしと愛で支えてくださいます。私たちは共に祈り、この新しい使命のため、世界の平和のために、マリアに特別な恵みをお願いしましょう。」
| 変革と継続のバランス--カトリック教会の新たな挑戦
コンクラーベにおける教皇として入って枢機卿として出た「パロリン枢機卿の決断」は、カトリック教会の歴史の中で記憶されるべき瞬間となった。
それは単なる権力闘争の結果ではなく、2000年の伝統を持つ教会が直面する現代の課題に対する深い洞察と、キリスト教の本質的な価値--謙遜、奉仕、自己犠牲--の体現でもあると言えよう。
プレボスト枢機卿がレオ14世として選ばれたこと、それは、カトリック教会が北と南、伝統と改革、権威と対話のバランスを模索する意志の表れとも言える。彼の数学者としての論理的思考、宣教師としての現場経験、法学者としての緻密さ、そして何よりも調停者としての能力は、分断が深まる世界において、カトリック教会が「和解の橋」となるための重要な資質である。
今後のレオ14世の教皇職は、フランシスコ教皇が始めた改革の継続と、伝統派への配慮のバランスを取りながら進むことになるだろう。その歩みは、必ずしも容易ではないかもしれない。しかし、パロリン枢機卿の「一歩退く」という謙虚な姿勢と、プレボスト枢機卿の包括的なリーダーシップによって、カトリック教会は新たな時代の挑戦に立ち向かう準備が整ったと言えるだろう。
教皇レオ14世とパロリン枢機卿秘書官(内務長官)この二人の相互補完的な関係が、これからのカトリック教会の未来を形作る鍵となるに違いない。

- ヴィズマーラ恵子
イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie