コラム

ティム・クックの決断とサイバー軍産複合体の行方

2016年02月26日(金)11時00分

核ミサイルのセキュリティとサイバーセキュリティ

 仮想敵がいなければ、予算は付かない。軍事費をどんどん増強させる中国は格好の仮想敵である。

 核兵器やミサイルの研究者たちがこぞってサイバーセキュリティの研究に参入してきている。彼らは、サイバー抑止や信頼醸成措置といった冷戦時代の核ミサイルの概念をサイバーセキュリティに持ち込んできている。

 サイバーセキュリティで使われる技術は、究極の両用技術である。つまり、われわれが普段使う民生用技術でもあり、軍事用にも使うことができる技術である。しかし、核ミサイルの時代と決定的に違うのは、国家アクターだけではなく、無名の無数のアクターがサイバー兵器を使えることである。そうしたアクターへの抑止は、仮にできるとしても、核ミサイルの抑止とは本質的に違うものにならざるを得ない。

 各国の軍需産業が新たな儲け口としてサイバーセキュリティを追い求めるのは、もはや止められない。国家安全保障という面では、他国をしのぐサイバー防衛技術を自国の企業が開発してくれるのが望ましいと考えるべきだろう。

懸念する人々

 アップルの強みは、軍需に依存していないことである。国防総省の調達とは関係なく、消費者向けの巨大な市場を持っているからこそ、政府に対して冷たい対応をとることができる。しかし、米世論調査機関ピュー・リサーチ・センターは、米国人の半数以上が政府寄りの立場を表明したと発表した。調査の回答者の51%が「アップルはFBIの要請に応えるべきだ」と答えたという。増大するサイバー攻撃や、世界各地での物理的なテロの多発に懸念を持っている人が多いためだろう。

 「サイバーセキュリティはチームワーク」だとよくいわれる。政治、経済、外交、軍事、インテリジェンス、そして技術に関わる国内アクターの連携がなければうまくいかない。サイバー軍産複合体を単なる予算と利益の最大化共同体にしてしまえば、多大な予算をかけたにもかかわらず、セキュリティが確保されないという悲劇が起きるだろう。誰のためのセキュリティかが重要であろう。業界の利益最優先ではなく、人々のセキュリティが最優先されるべきである。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア黒海沿岸でウクライナのドローン攻撃、船舶2隻

ワールド

トランプ氏、グリーンランド特使にルイジアナ州知事を

ビジネス

午前の日経平均は大幅続伸、5万円回復 AI株高が押

ワールド

韓国大統領府、再び青瓦台に 週内に移転完了
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 8
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 9
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story