最新記事
アカデミー賞

「原爆の父」オッペンハイマーの伝記映画が、現代のアメリカに突き付ける原爆の記憶と核の現実

“OPPENHEIMER”: THE MAN AND THE BOMB

2024年4月22日(月)17時20分
キャロル・グラック(コロンビア大学名誉教授〔歴史学〕)

newsweekjp_20240418044817.jpg

映画『オッペンハイマー』のシーンから、タトロックと恋仲に ©UNIVERSAL PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

映画は、オッペンハイマーの物語と原爆の物語の2つを語る。複雑なストーリーテリングに時々頭が混乱するが、オッペンハイマーの生涯を3つに分けて描いている。

第1のパートでは、オッペンハイマーは若い科学者だ。人付き合いが苦手だが優秀で、量子物理学にのめり込んでいる(ベッドに入っても量子物理学の夢を見る)。

カリフォルニア大学バークレー校で理論物理学研究で名高いグループの礎を築き、左翼的な思想を持ち、共産主義者の友人がいて、詩とサンスクリット語をたしなみ、マティーニを作り、恋愛をする。

核戦争の結果に「無知」だった

第2のパートは、ニューメキシコ州ロスアラモスを拠点に原爆の製造と実験をめぐる科学的時間との闘いがドラマチックに繰り広げられる。

マンハッタン計画については「3年間、4000人、20億ドル」と描写されたが、実際には30カ所で10万人以上が関わり、国民にも連邦議会のほとんどにも伏せられたまま22億ドルがつぎ込まれた。

クライマックスは1945年7月のトリニティ実験だ。世界初の原子爆弾(愛称「ガジェット」)がニューメキシコ州の砂漠の上空で爆発に成功したのは、科学的勝利であると同時に恐るべき瞬間でもあった。

オッペンハイマーたち研究者は後に、新しい世界の悪魔的な始まりだったと語っている。

newsweekjp_20240418044948.jpg

映画『オッペンハイマー』のシーン、ロスアラモスにて ©UNIVERSAL PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

オッペンハイマーの科学的勝利は政治的災厄に変わり、原爆が引き起こした結果が、映画の第3のパートと彼の残りの人生を占めることになる。

国民的な名声を得たオッペンハイマーは水素爆弾の開発と軍拡競争に反対し、50年代の反共産主義の熱狂の渦中で、水爆の擁護者だった旧敵(ルイス・ストローズ)に引きずり降ろされる。

偏向した聴聞会を経て、オッペンハイマーはセキュリティークリアランス(機密情報にアクセスできる資格)を剝奪された(2022年に米政府はようやく資格を回復させた)。

映画ではオッペンハイマーの視点はカラーで、59年の上院公聴会で政府の職を追われたストローズの視点は白黒で描かれる。

オッペンハイマーの人生については、マーティン・J・シャーウィンとカイ・バードによる傑作の伝記『アメリカン・プロメテウス』(邦訳『オッペンハイマー』ハヤカワ文庫)に基づいている。

newsweekjp_20240418045027.jpg

映画『オッペンハイマー』、公聴会でのストローズ ©UNIVERSAL PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

ちなみに、ハリー・トルーマン米大統領(当時)はオッペンハイマーを実際に「科学者の泣き虫」と呼んだが、映画で描かれているような状況とは違った。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

サウジ、対イラン軍事行動で領空使用容認せず 対話支

ワールド

再送-EXCLUSIVE-米政府、ベネズエラ石油産

ワールド

仏下院、内閣不信任案を2度否決 26年予算案の歳出

ワールド

焦点:習主席「聖域なき粛清」続く、軍制服組トップら
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化はなぜ不可逆なのか
  • 3
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 4
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 5
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 6
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 7
    「恐ろしい...」キリバスの孤島で「体が制御不能」に…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    生活保護と医療保険、外国人「乱用」の真実
  • 10
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 3
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 4
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 5
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 6
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 9
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 10
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 9
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 10
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中