最新記事

マレーシア

保育園を運営、イスラム法導入を訴える真の「勝者」──マレーシア総選挙

Malaysia’s Islamic Surge

2022年11月28日(月)19時05分
セバスチャン・ストランジオ(ディプロマット誌東南アジア担当エディター)

221206p38NW_MSA_02.jpg

5日間続いた政治の空白状態の末に、アンワル(中央)が首相に就任 HASNOOR HUSSAIN-REUTERS

重要なのは、PASが多くの点で、単なる政党を超えた存在になっていることだ。幼稚園・保育施設ネットワークを運営し、草の根レベルで政治的存在感を徐々に築き上げてきた。

欧米での「常識」に反するようだが、同党はマレー半島の地方部で、女性や若者の支持を獲得している。

そのおかげか、選挙権年齢の18歳以上への引き下げや自動的な有権者登録が実現してから初の総選挙となった今回、初めて投票する人が記録的に増えたことで、PASは大きな恩恵を受けた。

特に地方の場合、若年層有権者がより進歩的で多元的な政党に投票するとは限らないと、総選挙の結果は改めて告げている。

民族暴動の悪夢が蘇る

PASの成功が示唆するのは、マレー人ナショナリズムの担い手だったUMNOがおそらく末期的衰退に陥った一方で、UMNO体制を支えたマレー人至上主義自体は衰えていないという事実だ。

実際、PAS支持の拡大は、マレー系住民のアイデンティティーをイスラム教と結び付ける姿勢の広がりを意味している。

その躍進の影響を推し量るのは困難だ。アンワル首相の下で誕生する見込みの大連立政権には、PASが加わるPNも合流するとみられる。議席数を背景に、PASは主要閣僚ポストを要求し、排他的なマレー系中心主義を推し進めるかもしれない。

たとえ政権に参加しなくても、今や同党が中央政界のカギを握る存在であり、マレー系有権者の票をさらに取り込む可能性があるのは明らかだ。

より長期的には、政治的イスラム教の復活が持続するのか、多民族国家というマレーシアの現実がもたらす限界に直面するのか、見極めるのは難しい。

だが少なくとも、独立以降のマレーシアに付きまとう民族間の分断は、深まることになりそうだ。

警戒すべき兆候は既に表れている。総選挙後の数日間、マレーシアでは反中国系運動がオンラインで吹き荒れた。

市民社会組織がつくる団体によれば、TikTok(ティックトック)への投稿を中心にしたバッシングは「資金力豊富で、組織化された」もの。PHの一角である中国系の民主行動党(DAP)への敵意をあおり、PN政権樹立を呼び掛けていたという。

なかでも不吉なのは、1969年5月13日に首都クアラルンプールで起きた民族暴動への言及だ。マレー人と中国系住民が衝突し、死者200人近くを出したこの惨事は民族間の亀裂を深める契機になった。

「5.13事件に触れた投稿は深刻化する社会的緊張に付け込み、恐怖を生み出している」と、市民社会組織側は危惧する。

「人種や宗教をめぐって既に分断化した社会を分裂させ、あからさまな暴力を扇動するものもある」

From thediplomat.com

20240423issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月23日号(4月16日発売)は「老人極貧社会 韓国」特集。老人貧困率は先進国最悪。過酷バイトに食料配給……繫栄から取り残され困窮する高齢者は日本の未来の姿

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ

ビジネス

FRB、現行政策「適切」 物価巡る進展は停滞=シカ

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中