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メキシコからの密入国53人が死亡したトレーラー 「VIP待遇」から暗転した国境越え

2022年8月8日(月)11時37分
メキシコからの移民であるパブロ・オルテガさんの兄弟の携帯に残されたオルテガさんとのやりとり

メキシコからの移民であるパブロ・オルテガさんとフリオ・ロペスさんにとって、当初、米国への密入国はファーストクラスの旅行のような快適さだった。写真は、きょうだいの携帯に残されたオルテガさんとのやりとり。メキシコ・トラパコヤンで7月13日撮影(2022年 ロイター/Miguel Angel Gonzalez)

メキシコからの移民であるパブロ・オルテガさんとフリオ・ロペスさんにとって、当初、米国への密入国はファーストクラスの旅行のような快適さだった。ビールは無料で飲め、ビデオゲームを楽しめる隠れ家に滞在し、1週間は狩猟用の牧場で過ごしたほどだ。

2人とも、密入国あっせん業者の「不法入国に伴う最悪の危険を回避する快適な移動」を確保するために、多額の借金を重ねて追加料金を払っていた。

だが6月27日、その「VIP旅行」は暗い結末を迎えた。2人はテキサス州内で60人以上の移民とともに蒸し風呂のようなけん引式トレーラーに詰め込まれ、空気を求めてあえいでいた。

オルテガさん、ロペスさんを含め、ほぼ全員がむせかえるような暑さの中で命を落とした。米国への密入国をめぐる近年の事件の中では最多の死者数となった。

ロイターでは、家族とやり取りした多数のテキストメッセージ、写真、動画をもとに2人の旅路を再現した。数十億ドル規模の密入国あっせんビジネスの世界が、これまで以上に生命の危険を伴うものになっていることを示す、めったに得られない情報だ。

専門家によれば、取り締まりの強化に伴い不法移民にとってのリスクが増大する中で、あっせん業者らが「安全」「特別」「VIP待遇」などを売り文句に、より高額な密入国ルートを売り込む動きが強まっているという。こうしたオプションでは、砂漠地帯を徒歩で横断するのではなく車両での移動を約束し、より快適な待機場所を提供するのが普通だ。

家族によれば、オルテガさんは1万3000ドル(約172万円)、ロペスさんは1万2000ドル(約160万円)の支払いに同意したという。メキシコ政府の2019年のデータによれば、メキシコからの移民があっせん業者に支払う金額は平均2000-7000ドル(約26万円─93万円)。2人の金額はこれを大幅に上回る。

オルテガさん、ロペスさんは、よりよい生活を求めて別々に米国をめざした。単独で、あるいは小人数のグループで移動することになると言われていた、と家族は話している。犠牲者のうち、他に少なくともあと1人、ホンジュラス出身のハズミン・ブエソさん(37)の場合も、やはり高額な料金を払っていたと彼女の弟がロイターに語っている。

オルテガさんはひょうきんな性格の19歳。黒髪に野球帽を得意げにかぶり、5月中旬、メキシコ南東部ベラクルス州にあるバナナ農園に囲まれた丘陵地帯の街トラパコヤンからバスで出発した。

ガールフレンドは妊娠したばかりで、オルテガさんは母親のいるフロリダに向かうことを決めた。そこで稼いだ金を仕送りして、やがて生まれる第1子を育て、自分の家を建てる資金を貯めるはずだった。

「100%の安全を保証」

32歳のロペスさんがメキシコ南部チアパス州のベニートフアレスを出発したのは6月8日。痩身でまじめそうな、こげ茶の瞳のロペスさんは製材所で働いていたが、3人うち自閉症の末っ子のケアに使うお金を稼ぎたいと考えていた。左腕に彫られたタトゥーは、その末っ子の名「タデオ」だ。

妻のアドリアーナ・ゴンザレスさんは、あっせん業者が出発前にかけてきた電話で「砂漠を突っ切ることにはならない。何の危険もない」と夫に話していたことを覚えている。「旅程は100%安全であることを保証する」

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