最新記事

日中関係

反日デモへつながった尖閣沖事件から10年 「特攻漁船」船長の意外すぎる末路

2020年9月11日(金)18時00分
青沼 陽一郎(作家・ジャーナリスト) *東洋経済オンラインからの転載

そこへ黒のスリムパンツ姿の若い女性が階段を上って入ってきた。東京にもいそうな小柄な女の子で、笑顔が可愛らしい。思わず、娘さんですか、と船長に尋ねると、厳しい顔で「違う。政府の役人だ」と言った。共産党の地元の役員であると知ったのは、私が解放されてからだ。

彼女は椅子を持ってきて、船長の向かいに座ると、親しそうに話を始めた。それから私にパスポートの提示を求めた。彼女はパスポート番号を紙に写し始める。

そこへ緑色の制服をまとった男が2人、階段を上ってやってきた。武装警察官だ。一人は、女性の隣に椅子を並べて座ると、やはりパスポートの提示を求めた。笑みはない。そして、あれやこれや厳しい口調で尋問してきた。

緊張が走る。その間に、私の隣にいた船長は席を立ってどこかへ行ってしまった。もう一人の警官は家族と話をしている。

ひととおりの尋問を終えて、警官は立ち上がってこちらに近づき、急に笑顔をつくって言うのだった。

「彼に接触する人はみんなパスポート番号をチェックする。あなただけ特別なことではないですよ。さあ、これであなたは自由です。話をしてもらってかまいません。ですが、奥さんがこう言っています」

その言葉を受けて、芝居じみたように船長の妻が言った。

「夫はもうどこかへ行ってしまいました。もう、話したくないと言っています」

当局の取り調べの不条理

日本の巡視船に体当たりをして、中国の領有権を主張した中国の英雄。彼は帰国して3カ月が経っても、仕事にも出してもらえず、政府の監視下に置かれた、事実上の軟禁状態にあった。

その後の中国はもっと取り締まりが厳しくなった。私もあれから5年後に中国国内で拘束され、取り調べを受ける経験をした。同情するつもりはないが、船長が取り調べの鬱憤を語りたくなる気持ちが、今ではわかる気がする。

今年も8月16日に中国の禁漁期間が明けると、尖閣諸島周辺に膨大な数の中国漁船が現れて操業を行っているという。だが、そこにカワハギを獲るあの船長の姿があるかどうかは、不明である。

※当記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら
toyokeizai_logo200.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:米支援遅れに乗じロシアが大攻勢、ウクライナに

ワールド

南ア憲法裁、ズマ前大統領に今月の総選挙への出馬認め

ワールド

台湾新総統が就任、威嚇中止要求 中国「危険なシグナ

ワールド

ベトナム国会、マン副議長を新議長に選出 新国家主席
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 4

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 7

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 8

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 9

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中