最新記事

抗体

「抗体を生成した人は10%程度、しかし免疫学的な『暗黒物質』も存在する」との説

2020年6月10日(水)17時30分
松岡由希子

「新型コロナウイルスの感染者のうち抗体を生成した人は10%程度にとどまる」UnHerd-YouTube

<英バッキンガム大学医学部長は、新型コロナウイルスに感染しても、検出可能な抗体が産出されるとはかぎらず、他の免疫応答を用いてウイルスを攻撃している可能性もある、と主張している......>

英国政府は、ヒトの身体が新型コロナウイルスにどのように反応し、新型コロナウイルスが国内でどのように広がっていくのかを解明するべく、新型コロナウイルスの抗体検査をすすめている。

マット・ハンコック保健・社会福祉相は、2020年5月21日の記者会見で「サンプル調査の結果、新型コロナウイルスの抗体保有率は首都ロンドンで約17%、英国の他の地域で5%以上であった」と明らかにした。

「実際に感染した人の割合は、抗体検査の陽性率よりもずっと高いだろう」

5月末以降は、医療従事者や患者、介護施設の入居者、介護職員を対象とした抗体検査にも着手している。
腫瘍学を専門とする医師で元首相官邸顧問、英バッキンガム大学医学部長のカロル・シコラ博士は、英タブロイド紙デイリー・メールで「新型コロナウイルスの感染者のうち抗体を生成した人は10%程度にとどまる」との説を唱え、抗体検査によって新型コロナウイルスの感染状況を把握しようとする英国政府のアプローチに疑問を投げかけている。

シコラ博士によると、新型コロナウイルスに感染したことがある人の大部分は、抗体検査で陰性と判定される。シコラ博士らが英ラザフォードがんセンターで勤務する医療従事者161名に実施した抗体検査での陽性率は7.5%で、低い抗体陽転率(免疫ができる割合)にとどまった。シコラ博士は「実際に新型コロナウイルスに感染した人の割合は、抗体検査の陽性率よりもずっと高いだろう」との見解を示している。

抗体とは、外部から体内に侵入した病原体に反応して産生されるタンパク質だ。ウイルスに似たワクチンを接種したときも、同様に産生される。抗体は血中に存在するため、抗体検査でその有無を検査することで、これまでに新型コロナウイルスに感染したどうかがわかると考えられている。

「免疫学的な『暗黒物質』も存在するとみられる」

しかしながら、病原体などから身体を保護する免疫系は、様々なタンパク質や細胞などから構成され、相互作用し合う複雑なネットワークであり、抗体はその一部にすぎない。シコラ博士は、「新型コロナウイルスへの反応において、免疫系がどのように働いているのか、いまだ解明されていないことが多い」とし、「ウイルスから身体を守る、いわゆる免疫学的な『暗黒物質』も存在するとみられるが、これを測ることは不可能だ」と指摘する。

独自の感染症数理モデルで英国とドイツとの感染状況を比較した英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のカール・フリストン教授も、ドイツ人が英国人よりも新型コロナウイルス感染症にかかりにくく、重症化しづらい点を挙げ、「ドイツ人には何らかの免疫があるのかもしれない」との見解を示している。

●参考記事
感染症流行の数理モデル「SEIRモデル」は限界 英国政府に代替仮説を提言する科学者たち

新型コロナウイルスに感染しても、検出可能な抗体が産出されるとはかぎらず、他の免疫応答を用いてウイルスを攻撃している可能性もある。それゆえ、シコラ博士は、「抗体検査によって、感染拡大の規模を測ったり、これまでに新型コロナウイルスに感染して何らかの免疫を持つ人を特定することは不可能だ」と主張している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

エーザイ、内藤景介氏が代表執行役専務に昇格 35歳

ビジネス

シャオミ、中国8位の新興EVメーカーに 初モデル好

ワールド

焦点:米の新たな対中関税、メキシコやベトナム経由で

ワールド

EU、「グリーンウォッシュ」巡り最終指針 ファンド
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中