最新記事

暗号通貨

思いのほか大きいPayPalがLibraから脱退したことの意味

2019年10月7日(月)15時30分
楠正憲(国際大学Glocom 客員研究員)

Libraを率いるDavid Marcus氏はPayPalの元社長 REUTERS/Joshua Roberts

<Facebookが6月に発表した暗号資産(仮想通貨)「Libra」が発表から3ヶ月足らず、ペイメント業界の支持を失いつつあることは、Libraにとってどのような意味を持つのだろう......>

PayPalがLibraから脱退したことが正式に報じられた。クレジットカードのVISA、MasterもここへきてLibraへの支持を公式に表明することを躊躇しているという。発表から3ヶ月足らず、ペイメント業界の支持を失いつつあることは、Libraにとってどのような意味を持つのだろうか。

Libraを率いるDavid Marcus氏はPayPalの元社長で、Facebookのメッセージング製品を担当し、2017年末からCoinbaseの取締役を務めている。Libraが目指す「インターネット・ オブ・マネー」とは、各国のマネーロンダリング規制に阻まれてPayPalが成し遂げられなかったことであり、彼らはBitcoinバブルを契機に急速に整備された暗号資産規制に商機を見出したものの、ここ数ヶ月の規制当局からの予想外に厳しい反撥に伴う環境の変化によって、当初の目論見が崩れつつあることを示唆しているのではないか。

中央銀行に対する挑戦状と受け取られた?

各国はBitcoinの運営者がいないこと、インターネットを厳しく規制したところでBitcoinを止められないことを前提に、それがマネーロンダリングに悪用されたとしても、少なくとも法定通貨に換金するところで捕捉できるように規制を整備してきた。Bitcoinを利用する個人を直接規制の対象にすることは難しいため、交換業者に対して本人確認をはじめとした規制を適用してきた。Libraの着想は暗号資産による送金に対してAML/KYC規制が適用されないことに着目して、AML規制の適用を受けない送金手段を構築しようとするアイデアだったと考えられる。

しかしながらLibraを暗号資産として認めることに対して、Libra協会が本拠を置くスイスを除いた各国の金融当局は難色を示しており、独仏は明確に禁止することを表明している。さらに暗号資産による送金に対しても、Libraの発表と相前後してFATFがトラベルルールと呼ばれる新たな規制の導入を決めた。

つまりLibraは多くの国々で暗号資産として認められるかどうか不透明な上に、仮に認められたとしてもマネーロンダリング規制の対象となることが明らかとなりつつある訳だ。この数カ月の動きによって、Libraをマネーロンダリング規制の影響を受けないグローバル通貨として立ち上げることは、極めて困難になったといえる。

スイス当局の関係者は「リブラより、密かに開発される他の仮想通貨の方がはるかに懸念事項」と表明しており、これもまた一面で事実ではある。

しかしながら利用に高いリテラシーを要し、価格変動のリスクが大きいBitcoinをはじめとした暗号資産に対して、優れたユーザーインターフェースを実現し、実際に多くの場所で使うことができ、利用者が価格の安定を信じるであろうLibraの社会的インパクトがBitcoinの比ではないと規制当局が考えたとしても不思議ではない。運営主体が明確で、通貨発行益を運営者で分配する仕組みとしたことも、中央銀行に対する挑戦状と受け取られたのではないか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米東部の高齢者施設で爆発、2人死亡・20人負傷 ガ

ワールド

英BP、カストロール株式65%を投資会社に売却へ 

ワールド

アングル:トランプ大統領がグリーンランドを欲しがる

ワールド

モスクワで爆弾爆発、警官2人死亡 2日前のロ軍幹部
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中