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天皇退位の顛末にみる日本の旧思想

2019年4月30日(火)11時25分
広岡裕児(在仏ジャーナリスト)

伊藤とは伊藤博文のことである。博士は続ける。「伊藤自身は、これを実行しようと思えばできる唯一の人物ではあるが、現代および次代の天皇に、およそありとあらゆる尊敬を払いながら、なんらの自主性をも与えようとはしない日本の旧思想を、敢然と打破する勇気はおそらく伊藤にもないらしい」

嘉仁親王が天皇となり皇太子の裕仁親王が欧州歴訪したとき、フランス陸軍の報告書は、次のように述べる。

「日本においては、天皇の影響力はその精神的威厳と見合ったものではない。そこが天皇の力でもあり、弱点でもある。天皇は政治の外、あるいは上にいるのである。政府に反対する者はいても、天皇個人が問題になることはない。また天皇も政治には絶対に干渉することはない。日本では権力は内閣、元老、軍部にある。(......)天皇は実態のない行動はするが、彼等こそが実際に考える人々なのである。」 

「いつまでも終わらない存在」

天皇がまさに崩御されんとした大正15(1926)年12月20日、クローデル駐日フランス大使は、本国外務省宛至急電報で、「多くの日本人が皇太子の余りにも明白な虚弱さをくやしがっている。現在イギリスにいるずっと頑丈で活発な秩父宮と彼を交代させようというぼんやりとした可能性があらわれている」と述べた。今でこそ理想化されているが、昭和天皇も必ずしも国威発揚にふさわしい青年だった訳ではない。退位されんとしている今上陛下も若い時には自動車を乗りまわすとかテニスをするとかまったく戦後の若者で天皇にはふさわしくないなどと言われていた。

ちなみに、このクローデル大使は、作家のポール・クローデルである。彼は随筆の中で天皇という存在について、素晴らしい言葉を残している。「日本の天皇は魂のように現存する。彼は常にそこに居るものであり、いつまでも居続けるものである。正確にはそれがどのようにして始まったのかは知られていない。だが、それがいつまでも終らないであろうことは誰もが知っている」(「明治」『旭日の黒い鳥』日本語題名『天皇国見聞記』所収)

ところが、彼がこれを書いて20年もたたない、昭和20(1945)年、この言葉を裏切りそうになった。

過去には南北朝に分裂して争うなどということもあったが、天皇そのものがなくなるということは考えられなかった。ところが、いまや天皇廃止が現実になろうとしていた。場合によっては1億玉砕で、日本というもの自体がなくなっていたかもしれない。幸い、昭和天皇が日本の伝統とご自分の責務をしっかり認識されていたおかげでギリギリのところで、踏みとどまった。 

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