最新記事

ニューズウィークが見た「平成」1989-2019

失われた20年に「起きなかったこと」に驚く──平成は日本を鍛え上げた時代

From Bubble Fantasy to Solid Ground

2019年2月22日(金)11時50分
ピーター・タスカ(経済評論家)

tawatchaiprakobkit-iStock.

<バブルの絶頂から奈落の底に突き落とされ、長い試練の時期を経て現実に立ち向かう底力がついた――。1989年から本誌にコラムを書き始めた経済評論家の述懐>

※ニューズウィーク日本版SPECIAL ISSUE「ニューズウィークが見た『平成』1989-2019」が好評発売中。平成の天皇像、オウム真理教と日本の病巣、ダイアナと雅子妃の本当の違い、崩れゆく大蔵支配の構図、相撲に見るニッポン、世界が伝えたコイズミ、ジャパン・アズ・ナンバースリー、東日本大震災と日本人の行方、宮崎駿が世界に残した遺産......。世界はこの国をどう報じてきたか。31年間の膨大な記事から厳選した、時代を超えて読み継がれる「平成ニッポン」の総集編です。
(この記事は「ニューズウィークが見た『平成』1989-2019」収録の書き下ろしコラムの1本)

◇ ◇ ◇

夜空を見上げれば、そこに星座があるように、過去を振り返れば、そこにはストーリーがある。

ある時代を振り返ると、当時は気付かなかったパターンが見えてくる。平成が終わろうとしている今、筆者の頭の中でこの時代ははっきりとした形を取っている。それは日経平均株価のチャートだ。その後の経済、社会、政治の動きを先読みする市場のアンテナの精度には驚くばかりだ。

偶然にも筆者は平成の初め、1989年3月から本誌にコラムを書き始めた。当時はバブル経済の最後かつ、最も浮かれた時期で、熱狂的な高揚感が日本を覆っていた。筆者もささやかながら時代の気分を味わった。倉庫を改造したディスコ「ジュリアナ東京」で踊り、大蔵省接待事件の舞台となった「ノーパンしゃぶしゃぶ」の店でも食事をした。

1989年の日本の株式市場の規模は時価総額で世界の40%超。ばかばかしいほどの過剰評価だが、バブルは心理が生み出すものでもある。国内外で日本は「ナンバーワン」と持ち上げられ、米誌ビジネスウィークは2000年までに日本は経済規模でアメリカを抜くと予想した。参考までに言えば、今や日本株の時価総額は世界の8%程度にすぎない。
 
筆者が本誌に書いた最初の2本のコラムはリクルート事件を扱ったものだった。そして1990年3月15日号に掲載された3本目のコラムのタイトルは『「日本流錬金術」に赤信号』。この頃にはバブルは崩壊寸前で、不動産価格の暴落が壊滅的な結果をもたらすことは目に見えていた。筆者は悲観的なオブザーバーだったが、それでも日本経済が「正常化」にこれほど手間取るとは夢にも思わなかった。

「失われた20年」はこの時期を必ずしも正確に言い表す言葉ではない。バブル崩壊後の20年にはいろいろなことが起きた。2度の金融危機、増え続ける企業の倒産、非正規雇用の増加、オウム事件、阪神淡路大震災。「一億総中流社会」や終身雇用の神話が崩れ、浮かれ気分に代わって閉塞感が日本を覆った。この間、入れ代わり立ち代わりマイクを握るカラオケ店の客のように、首相がめまぐるしく交代した。

行き過ぎた幻滅は幻想に似ている。いずれも現実を無視して、ムードに浸っているだけだ。いま振り返れば、失われた20年に「起きなかったこと」のほうに驚く。日本は保護主義に走らず、それどころか徐々に外国人を受け入れ始めた。ポピュリズムの嵐が吹き荒れることも、フランスの「黄色いベスト」運動のような暴力的なデモが広がることもなかった。企業は少しずつ雇用、設備、債務の「3つの過剰」を解消し、利益率が上昇し始めた。企業も個人もより現実的になり、危機に強くなった。

【関連記事】平成は日本人に「無常」を教えた──バブル崩壊から原発事故、そして次の「非常識」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中