最新記事

米朝首脳会談

米朝「核合意」の必要十分条件とは

2018年6月7日(木)15時45分
小谷哲男(明海大学外国語学部准教授・日本国際問題研究所主任研究員)

kotani180607-nk02.jpg

5月26日に板門店で南北首脳会談を行った金正恩(左)と韓国の文在寅大統領 The Presidential Blue House-REUTERS

両者で違う「リビア方式」

このように、両者の非核化に対する考え方は180度近く異なっている。果たしてこの溝を首脳会談までに狭め、トップ同士が何らかの形で合意できるところまで行くのであろうか。アメリカ側の考えるCVIDは、北朝鮮が反発したためトランプ大統領が一旦は否定した「リビア方式」を基に行うことになるであろう。

ただし、「リビア方式」の画一的な定義というのは存在しない。ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)と北朝鮮、そしてトランプは、それぞれ異なる「リビア方式」に言及しているのである。

リビアのテロ活動に対してアメリカが科していた経済制裁を緩和させ、国際社会に復帰することを目指したカダフィ政権は03年、ブッシュ政権下のアメリカとイギリスに大量破壊兵器計画を破棄する意思を伝達。9カ月にわたる秘密交渉を経てIAEA(国際原子力機関)の査察を受け入れ、04年に入って米軍がリビアの核開発データや資材、濃縮ウランなどをリビア国外に空輸するなど非核化作業が実行された。

リビアは生物・化学兵器、長距離ミサイルの破棄にも応じ、これと引き換えに、アメリカはリビアとの国交正常化と制裁解除を行った。これが、ボルトンの言う「リビア方式」である。ボルトンは当時、軍縮担当の国務次官として一連のプロセスに深く関与していた。

他方で、北朝鮮が見るところの「リビア方式」はこれとは異なる。11年、リビアでは「アラブの春」のあおりを受けて民主化運動が高まった。カダフィ政権が平和的に民主化を求めていた市民のデモを武力で弾圧すると、オバマ政権は国連安保理で人道的介入を可能とする決議案を主導し、NATO軍がリビア軍に対する空爆を開始。同10月には欧米の支援を受けた反政府武装勢力がリビアを制圧し、ムアマル・カダフィ大佐は殺害された。これが、北朝鮮の頭にある「リビア方式」の結末だ。

北朝鮮は、カダフィ政権が核開発を放棄したことがNATO軍の介入を招いたとの教訓を引き出し、カダフィ政権の二の舞いを避けるためにも核武装は必要と、自らの核開発を正当化している。ブッシュ政権がリビアと国交正常化したにもかかわらず、オバマ政権になって内戦に介入したため、北朝鮮はアメリカの政策の一貫性にも強い猜疑心を持っていると考えられる。

米朝首脳会談開催をめぐる迷走は、以上のような非核化と体制保証に対する考え方の違いに加えて、根深い相互不信も大きな原因である。

そもそも米朝間に信頼関係がないことに加えて、5月半ばからは不信感をあおる出来事が相次いだ。5月16日、米韓の合同軍事演習「マックス・サンダー」に反発した北朝鮮が態度を硬化させた。北朝鮮からすれば、3月に「例年どおり」の米韓合同演習の実施に理解を示したにもかかわらず、前年まで投入されてこなかった最新鋭のF22ステルス戦闘機と核搭載可能なB52戦略爆撃機が投入されることが米韓による挑発に見えたからだ(B52は実際には投入されなかった)。

一方の米側は、北朝鮮が「マックス・サンダー」に反発した背景に中国の存在を感じ取った。3月下旬の中朝首脳会談は事前にアメリカ側に知らされていたが、5月初めの中朝会談については知らされていなかったからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米セールスフォース、26年度収益見通し上方修正 A

ワールド

ベネズエラ大統領、トランプ氏との電話会談を確認 対

ワールド

ロシアに子どもの即時帰還求める国連決議、ウクライナ

ビジネス

ロイターネクスト:投資適格企業の起債、来年増加 A
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中