最新記事

戦争の物語

歴史と向き合わずに和解はできるのか(コロンビア大学特別講義・解説)

2018年3月13日(火)17時20分
小暮聡子(ニューヨーク支局)

キャロル・グラック/コロンビア大学歴史学教授。専門は日本現代史、現代国際関係、歴史学と記憶。1975年からコロンビア大学で教え、現在、グローバル思想委員会(Committee on Global Thought)委員長。96年アジア学会会長。18年に著書『歴史で考える』(07年、岩波書店)の改訂版(岩波文庫)を刊行予定。 Photograph by Q. Sakamaki for Newsweek Japan

<米コロンビア大学のグラック教授が語る、日本人にとっての「戦争の物語」。本誌2017年12月12日号「戦争の物語」特集より>

昨年11月20日に行われたキャロル・グラック教授の第1回目の授業は、冬が近づくニューヨークで教室全体に熱気を残しながら幕を閉じた。授業の翌日、コロンビア大学の研究室に本誌ニューヨーク支局の小暮聡子がグラックを訪ね、話を聞いた。

歴史問題はなぜ解決しないか(コロンビア大学特別講義・前編)はこちら
「歴史」とは、「記憶」とは何か(コロンビア大学特別講義・後編)はこちら


――「パールハーバー」と聞いて何を思い浮かべるかという質問に、あるアメリカ人の学生が「だまし討ち」と言い、別のアメリカ人学生は「奇襲攻撃」と答えた。2人の答えの違いとは。

2つの答えが示しているのは、歴史家が書いた「歴史」と「共通の記憶」、つまり大衆文化やマスメディア、国家の式典や政治家のスピーチなどによって伝達されるものの違いだ。歴史家は日本による真珠湾攻撃を「奇襲攻撃」と正確に描写するかもしれないが、41年12月7日に生きていたアメリカ人にとって「だまし討ち」とは、アメリカを国家防衛と戦争に駆り立てた感情やショック、日本に対する敵対心を表現するものだった。このネガティブな言葉は、その後も長きにわたって残り続けていた。

どの国もそれぞれ、戦争中か、もしくは終戦直後に作られた影響力の強い戦争の物語というものを持っている。「共通の記憶」として長い間社会で受け継がれていくものもあれば、時間とともに変わるものもある。変わったものの例としては、ホロコースト、南京虐殺、慰安婦。一方で、広島原爆の記憶は、日本とアメリカの両方で45年からあまり変わってはいない。昨日講義に参加していた若い世代のアメリカ人たちが持つパールハーバーの記憶は、41年当時のものとは確かに違うようだ。

彼らがそれを「だまし討ち」と呼んだとしても、そこからは「反日」という意味合いが抜け落ちているようだ。その印象は歴史書から得たものではなく、共通の記憶が長い年月の中で変わってきた結果だ。

――真珠湾攻撃から50周年の91年、あなたは本誌8月15・22日号に寄稿したコラムでこう書いていた。「開戦を思い起こすことなしに終戦を回顧することはできず、戦争を思い起こすことなくして平和を語ることはできない」。2016年に安倍首相がパールハーバーを訪問した今、日本人は真珠湾に向き合っていると思うか。

日本人はこれまで長年、戦争を終わらせた原爆と降伏という45年の終戦を記念し続け、41年のパールハーバーという(太平洋戦争の)始まりにはそれほど関心を向けず、さらにこの戦争の本当の始まりは37年、中国においてであるということには全くと言っていいほど注意を払ってこなかった。ハワイで安倍首相とオバマ大統領は繰り返し「和解」という言葉を使っていたが、彼らのスピーチの核心というのは第二次世界大戦について以上に、今日の日米関係についてだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国最高裁、李在明氏の無罪判決破棄 大統領選出馬資

ワールド

イスラエルがシリア攻撃、少数派保護理由に 首都近郊

ワールド

学生が米テキサス大学と州知事を提訴、ガザ抗議デモ巡

ワールド

豪住宅価格、4月は過去最高 関税リスクで販売は減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    フラワームーン、みずがめ座η流星群、数々の惑星...2…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中