最新記事

戦争の物語

歴史問題はなぜ解決しないか(コロンビア大学特別講義・前編)

2018年3月13日(火)17時05分
ニューズウィーク日本版編集部

キャロル・グラック(右)/コロンビア大学歴史学教授。専門は日本現代史、現代国際関係、歴史学と記憶。1975年からコロンビア大学で教え、現在、グローバル思想委員会(Committee on Global Thought)委員長。96年アジア学会会長。18年に著書『歴史で考える』(07年、岩波書店)の改訂版(岩波文庫)を刊行予定。 Photograph by Q. Sakamaki for Newsweek Japan

<日本のパールハーバー攻撃から76年。米コロンビア大学のキャロル・グラック教授が問う「戦争の記憶」の語られ方。本誌2017年12月12日号「戦争の物語」特集より>

「戦争の記憶」をめぐる争いに、どうしたら終止符を打つことができるのだろう。

昨年11月末、米サンフランシスコ市のエドウィン・リー市長は中国系アメリカ人らの団体が設置した「慰安婦像」の寄贈受け入れを承認した。これを受け、大阪市の吉村洋文市長は同市との姉妹都市関係を解消すると宣言。こうした動きだけではなく、日中、日韓の間では侵略戦争や南京虐殺などをめぐる論争が時折再燃する。

一方で、日本とアメリカの「戦争の記憶」には、2016年に新しいページが加わった。5月にバラク・オバマ米大統領が現職の米大統領として初めて被爆地の広島を訪れ、12月には安倍晋三首相とオバマがそろってパールハーバーを訪問したのだ。この象徴的な出来事は、2国間の「和解」を印象付けた。

なぜ日韓・日中は争い続け、日米は和解へと向かうことができたのか。アメリカは広島・長崎への原爆投下について、日本は真珠湾攻撃について、互いに謝罪をしたことはない。それでも今日の関係を築くことができたのは、日米同盟だけが理由ではないはずだ。

本誌は、こうした「戦争の記憶」をめぐる問題をさまざまなバックグラウンドを持つ若者たちと一緒に考えるため、米ニューヨークにあるコロンビア大学のキャロル・グラック教授(歴史学)に、特別に講義を依頼した。全4回のうち、今回の特集(2017年12月12日号)で掲載する昨年11月20日開催の第1回には14人の学生が自主的に参加。アメリカ人7人(うち1人は韓国系)、日本人3人、韓国系カナダ人1人、韓国人2人、シンガポール人1人という顔触れで、いずれも日本史や東アジア地域学、東アジア言語文化学などを専攻する学部生、また修士課程と博士課程に在籍する若者たちだ。

12月7日の真珠湾攻撃76周年を約2週間後に控えた第1回の講義では、パールハーバーを題材に「歴史とは何か、記憶とは何か」について白熱した議論が交わされた。次回、12月に行われる第2回は「記憶の作用」をテーマに、「共通の記憶」がどうやって作られ、語られ続け、また変化するのか(しないのか)を検証する(3月13日発売最新号『戦争の記憶』特集)。第3回は、変化してきた記憶の例として慰安婦を取り上げ(3月20日発売号掲載予定)、最終回となる第4回は、「『記憶』が現在に問い掛けること」について議論する予定だ(3月27日発売号掲載予定)

――小暮聡子(ニューヨーク支局)

◇ ◇ ◇

【グラック教授】 この特別講義のテーマは、別々の場所から集まった多様なバックグラウンドの学生たちと、第二次世界大戦の「歴史」と「記憶」について話し合うことです。全部で4回に分けて行われ、今日はその第1回目です。この講義は「授業」ではなく皆さんとの「対話」形式で行います。

12月7日は、真珠湾攻撃から76周年です。今日は「パールハーバー」を題材に、第二次世界大戦の「公的記憶(public memory)」もしくは「共通の記憶」について、皆さんが考えていることや知っていることと、私が考えていることや知っていることを話していきましょう。

まず、この質問から始めたいと思います。「パールハーバー」と聞いて、思い浮かべることは何でしょうか。(グラック教授の右手の学生から、反時計回りに答えていく)


【ユウコ】 日本による米軍基地への攻撃。

【ニック】 奇襲攻撃と、諜報活動の失態。

【トニー】 ベン・アフレック(主演の映画『パール・ハーバー』、01年)。

【一同】 (笑)

【グラック教授】 そうですよね、分かります。

【トム】 アメリカが第二次世界大戦に参戦したきっかけ。

【ミシェル】 多くの犠牲者。

【スティーブン】 僕も同じように映画を思い浮かべました。

【グラック教授】 いいですね、そういう答えを知りたいので。あの映画を見に行ったのは彼とあなたと、私くらいのようですし。では、次の方は?

【ヒョンスー(仮名)】 ハワイの日本人コミュニティー。

【ユカ】 日本の外交上の失態。

【ディラン】 アメリカの英雄主義。

【トモコ】 日本人として謝らなければならないこと。

【インニャン】 私も、多くの犠牲者、ですね。

【スコット】 奇襲攻撃、というより「だまし討ち」とよく聞きます。

【グラック教授】 それはあなたが思っていることですか?

【スコット】 そうです。

【グラック教授】 分かりました。歴史の教科書がどう書いているかではなくて、あなたが何を連想するかを聞いているので。では、次?

【スペンサー】 アメリカの愛国心。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米債市場の動き、FRBが利下げすべきとのシグナル=

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税コストで

ビジネス

米3月建設支出、0.5%減 ローン金利高騰や関税が

ワールド

ウォルツ米大統領補佐官が辞任へ=関係筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 7
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中