最新記事

役に立たない?経済学

経済予測が当たらないのには、確かな理由がある

2017年10月24日(火)18時29分
デイヴィッド・オレル(数学者、科学ライター)

Shutterstock


171023cover-150.jpg<ニューズウィーク日本版10月24日発売号(2017年10月31日号)は「役に立たない?経済学」特集。経済学者の予測はなぜ当たらないのか。経済学の構造的欠陥を検証し、スティグリッツからイエレン、クルーグマンまでエコノミストらに"成績"を付け、今年のノーベル経済学賞を受賞したセイラーの行動経済学も扱ったこの特集から、数学者デイヴィッド・オレルの寄稿を一部抜粋して掲載する>

量子物理学者のニールス・ボーアは、「予測は難しい。とりわけ未来の予測は難しい」と言ったとされる。だが、未来の予測に一番苦労しているのは、経済学者かもしれない。

07年に始まった世界金融危機も、主だった経済学者は予測できなかった。それどころか、危機が始まっても察知できなかった。IMFのエコノミストが同年まとめた経済予測によると、08年に景気後退に入ると予測された国は調査対象77カ国のうちゼロ。実際には49カ国が不況に見舞われた。これでは猛烈な風雨が吹き荒れているのに、嵐ではないと、気象予報士が言っているようなものだ。

日銀総裁の黒田東彦は14年、日本の消費者物価の上昇は、「14年度の終わり頃から15年度にかけて『物価安定の目標』である2%程度に達する可能性が高い」と予測した。だが、実際には1%を下回る水準で推移した。

イギリスの経済学者たちは16年、ブレグジット(イギリスのEU離脱)が決まれば、英経済はたちまち大混乱に陥ると自信たっぷりに予測したが、これも現実にはならなかった。このためイングランド銀行(英中央銀行)のチーフエコノミスト、アンディ・ホールデン理事は、天気予報並みの正確な経済予測を示す必要性を訴えた。

実際、経済学と気象学には共通点が多い。ベン・バーナンキ前FRB議長は09年、「天気予報と同じで、経済を予測するには、著しく複雑なシステムを相手にしなくてはならない。それについて私たちが持つデータと理解は常に不完全だ」と語っている。

予測に当たって工学的な手法を使うことも、経済学と気象学は似ている。その一方で、大きな違いもいくつかある。気象予報モデルは、3D格子とニュートンの運動の法則を駆使して、大気の流れを追跡する。そこに雲の生成と消滅(数式処理では近似値が得られるにすぎない複雑な現象だ)などの事象が加わるから、予報プロセスは複雑になる。とりわけ雲(と水の蒸発全般)は、気象学で最も重要な要素の1つ。だから予測は非常に難しくなる。

経済学のモデルも、まず経済をいくつかのグループやセクターに分ける。それぞれのグループには代表的な消費者や生産者がいて、需要と供給といった経済の「法則」によって、その行動を刺激する。ただし常に変動する気象と違って、経済学ではこれら経済の法則によって物価は均衡点で安定すると考えられている。

金融機関はただの仲介人?

また、経済学のモデルでは、経済は巨大な物々交換システムと考えられており、貨幣や債務は主たる役割を果たさない。だが世界金融危機は、まさにこれらの要素によってもたらされた。多くの中央銀行が金融危機を予測できなかった理由の1つは、そのモデルに銀行が含まれていなかったからだ。

たとえ経済モデルで貨幣が考慮されていたとしても、あくまで「金融摩擦」というマイナーな問題として考慮されるにすぎない。現代の世界の金融システムは、極めて複雑に絡み合っていて、ある場所で危機が起きれば、たちまち世界中に波及する恐れがあるが、そうした実態は適切に考慮されていない。伝統的な経済モデルを使って未来を予測することは、水を考慮に入れずに天気を予測するようなものだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

世界秩序は変化「断絶ではない」、ECB総裁が加首相

ビジネス

シティ、3月も人員削減へ 1月の1000人削減後=

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、1月速報値51.5で横ばい 価

ビジネス

グリーン英中銀委員、インフレ圧力や賃金上昇指標を依
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 2
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレアアース規制で資金が流れ込む3社とは?
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 5
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    老化の9割は自分で防げる...糖質と結び付く老化物質…
  • 8
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の…
  • 9
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 10
    コンビニで働く外国人は「超優秀」...他国と比べて優…
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 4
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 5
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 6
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 10
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中