最新記事

生体工学

ナメクジ・パワーで内臓の出血を止める

2017年9月6日(水)17時00分
ハナ・オズボーン

ある種のナメクジは危険を感じると粘液を分泌してその場にぴたっとくっつく Joel Sartore-National Geographic/GETTY IMAGES

<ナメクジの粘液の強い粘着力をヒントに、ぬれた表面でもぴたっとくっつく「次世代型」の医療用接着剤を開発>

内臓の止血は一刻を争うもの。しかし表面がぬれているため、医療用接着剤で傷口を塞ぐのはなかなか難しい。そんな壁を打ち破る意外な「救世主」が現れた。ナメクジだ。

ナメクジの分泌する粘液をヒントに開発された新しい接着剤は、表面がぬれていても大丈夫。手術後の傷口などを素早く塞げる安全な接着剤だ。

ヒントになったのは、ダスキー・アリオン(学名アリオン・スブフスクス)というナメクジ。驚異的な粘着力を持つ粘液を分泌して、今いる場所にぴたっとくっつくという得意技を持つ。捕食者がその体を食べようとしてもまず剝ぎ取れない。

その粘着力の秘密を解き明かす研究は以前から行われており、粘液の構造が明らかになっていた。ハーバード大学ウィス研究所のジャンユ・リーらはこの知見を基に、同じ構造を持つ素材の合成に成功した。

科学誌サイエンスに掲載された論文によると、リーらはさまざまな動物の皮膚、軟骨、心臓、動脈、肝臓などでこの素材の接着力を試し、既存の医療用接着剤よりも優れた特長を持つことを確かめた。

【参考記事】フェイスブックの辣腕AI交渉人は、相手の心を読みウソもつく

ダスキー・アリオンの粘液の特徴は、強固な構造の中に正電荷を持つタンパク質が埋め込まれていること。リーらはこれを模倣した2層のヒドロゲル(液体成分が水のゲル)を合成。正電荷を帯びた表面がゲルの特殊な構造と相まって強い粘着力を発揮する。

「われわれが開発した接着剤は、力がかかっても構造全体に分散されるため、柔軟に変形してなかなか剝がれない」と、リーは説明する。この接着剤で結合した組織を剝がすには、既存の医療用接着剤と比べ3倍の力が必要だという。

実験ではぬれた状態でも乾いた状態でも豚の組織を接着でき、ラットの体内で2週間安定した状態を維持。豚の心臓の穴を塞いで心臓を膨らませたり縮ませたりしても剝がれなかった。さらにマウスの肝臓の止血にも使え、組織の損傷は起きなかった。

リーらは、このゲルが医療現場における「次世代型」接着剤になると期待している。「生分解性の素材で作れば、役目を果たした後は自然に分解する」と、論文の共同執筆者アダム・セリズは指摘する。

しかも、用途は医療に限らない。「柔らかいロボットとこの技術を組み合わせれば、くっつくロボットも開発できる」とセリズは言う。

キュートなナメクジ・ロボットの登場も夢ではなさそうだ。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

[2017年9月 5日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルのソマリランド国家承認、アフリカ・アラブ

ワールド

ミャンマーで総選挙投票開始、国軍系政党の勝利濃厚 

ワールド

米、中国の米企業制裁「強く反対」、台湾への圧力停止

ワールド

中国外相、タイ・カンボジア外相と会談へ 停戦合意を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中