最新記事

日本銀行

日銀は国内景気の低迷を直視せよ!

2016年8月2日(火)16時10分
矢野浩一(駒澤大学経済学部教授)

インフレを加速させない失業率

 以上のような筆者の意見に対して「すでに完全失業率は2016年6月(7月29日発表最新)で3.1%まで低下し、雇用は堅調であり、日本経済は潜在成長率にまで回復してきている。経済は完全雇用の状態にあり、日銀の追加緩和は無用だ」という反論を受けるかもしれない。

 筆者自身も私大文系の教員として、学生たちの就職活動の毎年見ており、若年層(15歳から24歳)の労働市場が近年急速に回復してきていることはよく知っている。しかし、そのことが直ちに日本経済は完全雇用の状態にあることを意味するわけではない。

 筆者がそのように考える理由は「Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment」に基づいている(自然失業率と呼ばれることもある)。直訳すればインフレを加速させない失業率と訳すべきだが、多くの場合頭文字を取ってNAIRUと呼ばれる。これは失業率がある値(NAIRU)を下回るとインフレ率が加速度的に上昇を始めるという考え方である。逆に言えば、失業率がその値よりも高止まりしている間は、インフレ率が加速度的に上昇することはないと言える。

 それでは「我が国のNAIRUはいくつなのか?」と問われるかもしれない。もちろんNAIRUがいくつになるのかは学問上極めて重要なテーマである。しかし、筆者自身も試みたことがあるが、困ったことにNAIRUの推定は極めて難しい。

 しかし、実は政策の実務上はNAIRUがいくつなのかが分かっている必要はないのである(もちろん、依然として学問上のテーマとしては重要であるが)。

 完全失業率がNAIRUを下回れば、その性質上、インフレの加速的上昇が起こる。逆に言えば、インフレの加速的上昇が起こるまで追加緩和等の景気刺激策を続ければよいのである。

日銀はより思い切った追加緩和を

 2013年4月に現在の日銀執行部が量的・質的緩和を始めて、すでに3年以上が経過した。しかし、消費者物価指数でみたインフレ率(前年同月比)は「生鮮食品を除く総合」でマイナス0.5%、「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」でプラス0.4%といずれも物価目標(インフレターゲット)2%にはほど遠い。

 このようにインフレ率が物価目標を達成できていないという事実そのものが、現在も失業率がNAIRUを上回っており、国内景気が停滞したままであることを示している。

 日銀は現在の停滞を「海外要因」などのせいにせず、国内の景気が低迷していることを直視すべきだ。そして、より思い切った追加緩和策を検討し、次回の政策決定会合で実行に移すべきだ。なお、本来であれば具体的にどうすべきかについての筆者の意見も述べるべきだが、それは紙数の関係上またの機会に譲りたい。


[筆者]
矢野浩一
1970年生まれ。駒澤大学経済学部教授、内閣府経済社会総合研究所客員研究員。総合研究大学院大学博士課程後期修了。博士(統計科学)。専門はベイズ計量経済学と動学的確率的一般均衡理論。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ワールド

米との鉱物協定「真に対等」、ウクライナ早期批准=ゼ

ワールド

インド外相「カシミール襲撃犯に裁きを」、米国務長官

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官を国連大使に指名
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中