最新記事

ハイチ

いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く5 (スラムの真ん中で)

2016年6月22日(水)18時00分
いとうせいこう

 また、もし妊婦がコレラに感染していた場合が難しく、隔離をしながら医師の判断で帝王切開か自然分娩かを決める。責任重大かつ繊細な観察と高い技術の必要な医療のひとつだろう。

 まだ患者の少ないテントから、ピーク時の緊張を想像するのはなかなか困難だった。けれども、ベッドが埋まり、さらに患者が駆け込み、誰もが際限なく下痢をし、高熱にさいなまれるとすれば、スタッフは昼夜を徹して救護を行い、しかし施設の外の街にゴミが浮き、汚水が流れている現実の前に力を落とすに違いない。構造から国自体を変えなければ、患者は減らないのだから。

 そして治安の関係で、夕方には病院を出て宿舎に帰らざるを得ないのだ。

 我々は最後に屋根だけがある広い受付で、たくさんの木製ベンチに座っているハイチ市民が風に吹かれながら辛抱強く順番を待つのを見た。どうやら輸血の呼びかけらしい絵が壁にかけてあって、その素朴さに心ひかれながら考えてみれば、ハイチの識字率が低いのだった。それで病院からの訴えが絵になる。

 確かに野外のトイレにも、とても味のある訴求力の高い絵があったのを俺は思い出した。

 それを写真に撮りに行き、帰ってくると出かける時間になっていた。我々はダーンや紘子さんと別れ、宿舎に帰って昼食をとることになった。どうやらデルフィネさんも別な四駆に乗って自分の宿舎に戻るのがわかった。

 つまり彼女はわざわざ休みの日に、俺の取材のため出てきてくれていたのだ。

ito0622d.jpg

(クレオール語がわからないが、たぶん輸血の呼びかけ)

パーティに招待される

 夕方から、私たちの宿舎にいらっしゃいませんか?

 マルティッサンでの別れ際に紘子さんがそう言った。

 街の中のチカイヌという地域にある宿舎で、週末の屋上パーティがあるというのだった。

 いかにも気楽なように見えるが、催すのも派遣スタッフ、出席するのも派遣スタッフ。つまりそれが彼らのストレスマネージメントのひとつなのだ、とわかった。

 一体どんな宴を、彼らは開くのか。

 興味を持って出かけることにして本当によかった、と今つくづく思う。

 俺はそこで各国からの MSFスタッフに一気に会い、話をし、何が彼らを突き動かしているのかを知ることになるのだから。

ito0622e.jpg

(男子トイレ)

ito0622f.jpg

(女子トイレ。洗濯するべからず)

続く


profile-itou.jpegいとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中