最新記事

核開発

北朝鮮「核の暴走」の裏に拷問・強姦・公開処刑

凄惨な人権侵害の追及が金正恩を核に駆り立てたのに、大手メディアがいま人権問題を取り上げないのはなぜか

2016年1月12日(火)17時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

人権無視の恐怖政治 金正恩(キム・ジョンウン)第1書記は人権問題で追い詰められ、自暴自棄になったからこそ、唐突にも思える暴挙に出た(1月10日に北朝鮮の朝鮮中央通信〔KCNA〕が公表した写真より) KCNA-REUTERS

 マスコミは連日、北朝鮮の核開発問題を大きく扱っているが、人権問題と関連付けた報道はほとんど見かけない。大手紙では日本経済新聞の山口真典氏が7日付で、「唐突にみえる強硬策に金正恩第1書記を駆り立てた背景」として、「米国が積極化した『人権問題の追及』という圧力が、真綿で首を絞めるように正恩氏を脅かしている」と指摘しているぐらいだ。

 北朝鮮が国連制裁をものともせずに核開発に突き進む背景には、明らかに人権問題がある。これは、筆者や山口氏が勝手に言っているのではない。北朝鮮自身が、声明の中で語っているのだ。

 それなのに大手メディアが人権問題を素通りするのは多分、北朝鮮の人権侵害の実態が、想像を絶するほど凄惨であるという事情のためだ。

(参考記事:赤ん坊は犬のエサに投げ込まれた...北朝鮮「人権侵害」の実態

 日本の大手メディアの記者たちの情報源は、ほとんどが日韓の政府当局者だ。権力の側にある当局者たちは元来、あまり人権を語ることを好まない。その上、北朝鮮の凄惨な人権侵害を直視してしまえば、「被害者を救わなくてよいのか?」「そんな酷いことをしている独裁者と対話できるのか?」という問いにさらされる。

 現実の問題として、当局者たちに北朝鮮の人権侵害の被害者たちを救う考えはなく、金正恩氏を対話の場に引っ張り出す以外に、核・ミサイル問題を抑え込むアイデアも持っていない。だから、敢えて人権問題に言及することを避けているのだ。

 しかし、今さらそんなことをしても無駄だろう。そもそも北朝鮮の人権侵害を国連の場で暴いたのは、日本や韓国、欧米なのだ。

(参考文献:国連報告書「政治犯収容所などでの拷問・強姦・公開処刑」

 そして北朝鮮は、人権問題での包囲網に追い詰められ、自暴自棄になっているのである。それなのに、今になって人権問題を直視しないとは、戦略の不在を露呈しているとしか言いようがない。メディアは、こうした点を指摘しなくてもよいのか。

 そしてもうひとつ、中国との関係も問題の迷走に拍車をかけている。中国は北朝鮮の核開発に明確に反対しているが、人権問題では「同じ穴のムジナ」だ。

 北朝鮮が最も嫌う圧力は人権問題の追及なのに、中国はそこに決して加わらない。中国が本気で加わらなければ、対北圧力は本物にならない。

 人権問題を直視しない当局者やメディアの姿勢も含め、国際社会の対北包囲網には、まだまだ抜け穴がたくさんあるのだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ――中朝国境滞在記』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)がある。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、予想

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中