最新記事

政治

官僚たたきは正しかったのか

2015年6月19日(金)18時00分
大西 裕(神戸大学大学院法学研究科教授)※アステイオン82より

 日本が戦後民主主義国家として生まれ変わった以上、主権者はあくまで国民である。直接民主主義が困難な現代において、国民は代理人として国会議員などの政治家を選出する。そして政治家達によって政府が形成され、実際の政策実施は政府に雇われている官僚達が実施する。官僚達が既得権を持つのは、こうした主権委任の連鎖に反するというのである。

 しかし、官僚を支配者、あるいは既得権層としてみる見方は、現在政治を見通す上で正しい視角なのであろうか。あるいは、官僚を単なる代理人と見る見方は、規範的にも現実的にも妥当なのであろうか。そういった疑問を抱かせる研究が、ここ十年ほどアメリカで相次いで出されている。ここで取り上げるダニエル・カーペンター『評判と権力――アメリカ食品医薬品局(FDA)における組織イメージと薬品規制』はその代表的な例である。

『評判と権力──アメリカ食品医薬品局(FDA)における組織イメージと薬品規制』ダニエル・カーペンター
『評判と権力──アメリカ食品医薬品局(FDA)における組織イメージと薬品規制』
Reputation and Power: Organizational Image and Pharmaceutical Regulation at the FDA
by Daniel Carpenter (Princeton University Press, 2010)

 官僚制をどのように捉えるかは、元来多様である。日本の現実政治においてはエリート政治の一角を担う非民主的な組織という捉え方がよくなされるが、学界においてむしろ主流なのは、官僚制を主権者たる国民によって選出された政治家の代理人として捉える、本人─代理人モデルである(注1)。このモデルは民主主義政治において規範的に正当化されるが、現実政治を分析する上でも有効性を発揮している。とりわけ、アメリカで生まれたこともあり、近年アメリカの官僚制分析に活用されてきた。

 本人─代理人モデルによると、官僚制は、本人たる政治家が設定する政策目的を達成するべく政策を実施しなければならない。ただし、実際に実施を担当する官僚制とそうではない政治家との間には政策に関する情報ギャップが生じる。情報ギャップを利用すれば、官僚制は政治家の設定した目的とは異なる目的で資源を利用し、自己利益を実現してしまうかもしれない。それゆえ、官僚制は目的を達成する有能さを持たねばならない一方で、その有能さ故に監視の対象としなければならないのである。簡略にいえば、官僚制を、市民の代理人らしく如何に政治家のいうことを聞かせるかが重要視されていたということができる。

 しかし、究極的には市民の代理人かもしれないが、直接的な本人─代理人の委任の連鎖から切り離されたからこそ、公益が守られることがありうる。カーペンターが取り上げたFDAの事例はそれである。FDAは、アメリカにおける薬品行政を担当する規制行政機関である。アメリカで治療のために使用してよい薬品とは何であるのかを認証する権限を有している。FDAの存在によって、国民は薬害の発生を第一次的に阻止できるようになっている。その意味で広く公益に貢献しているが、製薬業者やその意向を受けた政治家にとってはやっかいな存在である。多額の投資をして新薬を開発しても、FDAが承認しなければ新薬が使用されることはなく、彼らの利益に反する。委任の連鎖を考えれば、FDAの政策は政治家の下におかれねばならないが、実はそうではないからこそ、公益が守られているのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 6

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中