最新記事

寄稿

わが隣人ロシアとうまく付き合う方法

今のロシアの攻撃的な態度からソ連時代の犯罪的行為を連想するのはばかげている──ウクライナのティモシェンコ首相が描くロシア観とサバイバル外交とは

2010年1月25日(月)15時27分
ユリア・ティモシェンコ(ウクライナ首相)

よき隣人 ロシアとの関係改善を主張するティモシェンコ Reuters

 バラク・オバマ米大統領はロシアに対し、両国の関係を「リセット」する意向を表明。それ以来、中欧と東欧の国々は自分たちの安全保障を米政府が軽視するのではないかと不安を募らせている。

 その不安を裏付けるかのように、オバマ政権は9月17日、ポーランドとチェコにミサイル防衛の関連施設を配備する計画の中止を発表。ポーランドは70年前のこの日にソ連軍に侵攻されたという事情もあって、米政府の決定をいぶかる声が上がった。

 だが歴史的事実と外交問題を結び付けて考えるのは誤りだ。東欧の安全保障に関する議論のテーマで理にかなっているのは、どうしたらより建設的なムードをつくれるかという問題だけだ。アメリカとロシアの緊張を緩和すべきかどうかではなく、どのように緩和すべきかを考える必要がある。緊張の原因は誤解か、歴史か、悪意か。あるいは、もっと深い理由に根差しているのだろうか。

 こうした問題を考える際には中欧と東欧の人々の心理が参考になる。国際関係を左右するのは理性だけではない。数十年に及ぶ「占領」の記憶のせいで、この地域ではアメリカとロシアの影響力の拡大に不安を抱く人が多い。それどころか、改革と統合に関するEU(欧州連合)の動きさえ、苦労して勝ち取った自由に対する脅威と見なす人もいるほどだ。

 米英ソの連合国首脳が第二次大戦後の勢力圏について話し合った45年のヤルタ会談にちなんで、こうした心理を「ヤルタ症候群」と呼ぶことにしよう。

ロシアが過去の歴史を反省

 冷戦時のヨーロッパの東西分裂は私たちの心に深く刻み込まれているが、中欧と東欧は過去を乗り越えなければならない。歴史と地理のどちらのほうが運命に左右されるかといえば、地理だ。ロシアが私たちの隣人であることは運命のようなもの。私たちとロシアの指導者は互恵的な関係を築くために協力すべきだ。

 折しもロシアは数年にわたる内向的な時期を抜け出し、自信に満ちた態度を取るようになっている。ウクライナの近隣諸国の一部からは、ロシアは攻撃的になったという声が上がっている。しかし、現在のロシアの動きからソ連や帝政ロシアの犯罪的行為を連想するのはばかげている。

 ロシアのウラジーミル・プーチン首相は9月、39年の独ソ不可侵条約に道徳的な問題があったことを認め、ロシアが周辺国に与えてきた傷の深さに気付き始めていることを示した。これをきっかけに、過去の問題の責任に関する議論を深めるべきだ。関係各国が歴史的問題に関する認識を共有することで初めて平和な未来を構築できる。

 その一方で、世界金融危機がロシア経済に痛手を与えた結果、ロシアの国際的野心は足かせをはめられてしまった。ロシアのアレクセイ・クドリン副首相兼財務相は先日、ロシアが過去10年間の石油と天然ガスの高騰で手にした膨大な外貨準備は、政府支出が今のペースで続けば2年後に底を突くと語った。

 今やロシアの指導者も、永続的な平和の重要性を痛感しているはずだ。もっぱら天然資源に頼る非効率的なロシア経済の多角化のためにも平和が望ましい。

エネルギー協力で疑念を晴らせ

 ウクライナ周辺の地域の緊張を緩和できるのは共通のプロジェクトだけだ。ウクライナはロシアやヨーロッパ、アメリカと良好な関係を築くためには、協力して取り組める目標を探すことが重要だと考えている。

 09年1月、ロシアがウクライナ経由の天然ガス供給を止めた際にはヨーロッパにも影響が及んだが、同月20日の供給再開で正常化に向かった。その後、EUとウクライナは共同でパイプラインの近代化などに努めることで合意している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン氏のガザ危機対応、民主党有権者の約半数が「

ワールド

米財務長官、ロシア凍結資産活用の前倒し提起へ 来週

ビジネス

マスク氏報酬と登記移転巡る株主投票、容易でない─テ

ビジネス

ブラックロック、AI投資で各国と協議 民間誘致も=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中