最新記事

アジア

パキスタンのタリバン掃討作戦は見せかけか

今度こそ本気でタリバンを撲滅させる──パキスタン軍はそう宣言してタリバン掃討作戦に乗り出したが、イスラム過激派との長年の依存関係を断ち切るのは容易ではない

2009年5月11日(月)19時14分
ファリード・ザカリア(国際版編集長)

今度は本気? タリバン掃討作戦のため北西辺境州に向かうパキスタン軍。今回の攻撃もアメリカから資金援助を引き出すためのポーズにすぎないのか(5月10日)Mian Kursheed-Reuters

パキスタン軍は今度こそついに過激派の脅威に真剣に向き合い始めた、という主張が声高に叫ばれている。イスラム武装勢力タリバンがパキスタンの北西辺境州スワト地区以外にも勢力を拡大して首都イスラマバードを脅かすなか、政府軍は本気でタリバンの掃討作戦に乗り出した──。

 そう主張するのはパキスタン軍の幹部だけではない。パキスタンの文民指導者も、アメリカ政府関係者もそう口をそろえる。CNNで私のインタビューを受けたロバート・ゲイツ米国防長官は、「タリバンがイスラマバード近郊に迫った一件で、本当に目が覚めたのだろう」と答えた。

 そうかもしれない。だが、元外交官で駐米パキスタン大使を務めるフセイン・ハッカニが名著『パキスタン:モスクと軍の狭間で』を発表したのは、わずか数年前のこと。その中でハッカニは、パキスタン政府は「テロリストと『自由の戦士』(カシミール地方で活動する過激派を公にこう呼んでいる)は違う」という立場を取り続けていると書いた。

「ムシャラフ政権は、アフガニスタンのタリバン政権の残党にも相変わらず寛容だ。アフガニスタンでパキスタンの影響力を取り戻すために、彼らを利用できると考えているからだ」と、ハッカニは続ける。パキスタンは周辺からの危険にさらされているため近隣諸国を揺さぶる活動が不可欠だという世界観は、今もパキスタンの基本戦略の中核をなしている。

宗教が国民と軍の結束を高める

 ムシャラフ政権の下、それまで軍から過激派に提供されていたあからさまで大規模な支援が打ち切られたのは事実だ。だが過激派を掃討する作戦が実行された様子はない。

タリバン幹部のグルブディン・ヘクマティアルやジャラルディン・ハッカニが率いるネットワークはパキスタン国内で勢力を保っているが、パキスタン軍が彼らを本気で掃討しようとしたことはない。

 ムンバイの同時爆破テロを首謀したイスラム教過激派組織ラシュカレ・トイバへの処罰もなく、名前や形体を変えただけで堂々と存続している。

 タリバンは4月下旬、首都イスラマバードから約100キロの地域にまで侵攻したが、それでもタリバン向けに差し向けられたパキスタン軍は数千人足らず。大規模な軍隊は、インドの突然の侵攻に備えてパキスタン東部に配置されたままだ。

 しかも、軍がタリバンを攻撃したとしても、爆撃し、勝利を宣言して撤退するだけ。タリバンはまた舞い戻ってくる(実際、2年前にも今回と同じスワト地区で攻撃が行われた)。
 
 パキスタンのイスラム教過激派の台頭は「政府の失策の結果」ではないと、ハッカニは書いている。「歴史に根差したもので、それがパキスタンの一貫した政策なのだ」

 ハッカニは、パキスタン軍が長年「イスラム過激派のイデオロギーへの戦略的な関与」を図ってきた様子を描写している。インドと衝突するたびに、国民と軍の結束を高めるためにイスラム教を利用してきた。
 
 典型的なのが1965年の第二次印パ戦争だ。国の管制下にあったメディアは英雄的な自爆攻撃や殉教行為のエピソードを報じて「ジハードへの熱狂」を生み出した。

アメリカから資金を引き出すための芝居

 パキスタンは、地理的にも民族的にも言語的にもばらばらな人々を宗教で結びつけてつくられたイスラム国家だ。指導者は常に、宗教をイデオロギーとして利用して権力を維持してきた。

 インドとの緊張関係やアフガニスタンでのソ連との対立といった地政学的な要因も、軍とイスラム過激派の緊密な関係を生み出した。パキスタン軍は伝統的な手法で戦う戦争には敗れてきたが、ゲリラ戦術というコストパフォーマンスの高い手法で、ソ連やインド、アフガニスタンを揺さぶってきた。

 こうしたパキスタンの姿勢は本当に変わったのか。ハッカニは著書のなかで、少なくとも最近まで、パキスタン軍がアメリカから資金を引き出すために、過激派を逮捕するふりをしてきたことを示す強力な証拠を集めている。

 逮捕はしても、組織を撲滅させることはない。パキスタンのイスラム過激派や秘密警察内で過激派を支援する人々にとっては「ジハードは保留状態であって、終わったわけではない。パキスタンは今もアフガニスタンとカシミールでの戦いを終えていない」
 
 ハッカニは著書の最後で、パキスタン軍が過激派の脅威を利用することで権力を維持し、文民政治の権威を失墜させ、なにより重要なことに、アメリカからの援助を引き出し続けている様子を記している。

 しかも、著者のハッカニまで、ついにこの「ゲーム」にプレイヤーとして参戦することにしたようだ。ハッカニは先日、新聞のコラムで、パキスタンが過激派と懸命の戦いを続けていると表明。唯一の課題はアメリカが必要な武器や資金の提供を渋っていることだと論じた。

 実際のハッカニは、不可能な職務に取り組む賢明で高潔な人物だ。昨年9月に発足したパキスタンの文民政権は発足直後の数カ月間、正統性を主張するたびに軍部に妨害されてきた。

 パキスタンの世界観が変わることをアメリカが望むなら、軍部に対して今よりずっと強い姿勢で臨むべきだ。そして、パキスタンの国益について軍より幅広い視点をもち、近隣諸国との協調に理解のある民政指導者をサポートすべきだ。パキスタンの市民社会の発展を支えるため150億ドルの支援を盛り込んだ「バイデン=ルーガー法案」は、そのための大きな一歩になる。

 もちろん、ハッカニが示唆するように、パキスタンは過去60年間維持してきた戦略を本当に突如として方向転換したのかもしれない。

 だが私は、ウォーレン・バフェットが「投資の際に最も危険なこと」として挙げた言葉を思い出さずにはいられない。それは、「今回だけは今までと違う」だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン氏にイスラエルのラファ攻撃阻止要求、身内の

ビジネス

為替、購買力平価と市場実勢の大幅乖離に関心=日銀3

ビジネス

午前の日経平均は小反発、FOMC通過で 介入観測浮

ビジネス

国債買入の調整は時間かけて、能動的な政策手段とせず
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中