偉大な小説は最初のページで分かる――ダガー賞受賞『ババヤガの夜』翻訳者が語る舞台裏
BLURRING THE LINES OF MYTH
スラヴ民話の魔女を題名に
新道がホースで水を掛けられる場面にさしかかる頃には、私は単に本を読む以上のことをしていた。
頭はすでに翻訳に取りかかり、「この言葉を英語に訳したら、どんなふうに響くのだろう」「あのイメージを英語にしたら、どんなふうに見えるのだろう」と思い巡らしていた。
力のある小説では文章の1つ1つが全体と響き合い、全体について何かを物語る。例えば「迸る」という言葉は奇妙でありながら親しみがあり、雨の水たまりが空をまるごと映すように、この物語の不気味な性質を示す。
普段あまり使われない漢字にしては、「迸」は画数が少ない。現代人の目には旧字体か新字体か分からないような一風変わった趣がある。そして少なくとも日本語が母語でない私の耳に「ホトバシル」という音の連なりは、童謡か神話に出てくる呪文のように、不思議と懐かしく響く。
神話には不気味な力がある。古くも新しくも感じられ、読む者を元気付け安心させる一方で、恐ろしさも併せ持つ。
神話は誰の物でもない。無数の人々に語り継がれながら、作り替えられていく。国境に閉じこめられることも、1つの言語に縛られることもない。





