偉大な小説は最初のページで分かる――ダガー賞受賞『ババヤガの夜』翻訳者が語る舞台裏
BLURRING THE LINES OF MYTH
ダガー賞授賞式での作家・王谷晶(右)と翻訳者のサム・ベット ©ISAC
<世界で高い評価を受けた王谷晶『ババヤガの夜』。その英訳を担ったサム・ベットにとって、翻訳とは作品に命を吹き込む「再生の芸術」だという──>
『ババヤガの夜』を翻訳したいと確信した瞬間を、私は今も覚えている。新型コロナウイルスのパンデミックが始まってしばらくした、2020年の秋のことだった。
王谷晶の小説『ババヤガの夜』は文芸誌「文藝」に書き下ろしで全編が掲載され、間もなく単行本として出版されることになっていた。
読んで興味があるかどうか教えてほしいと河出書房新社に打診されたのだが、設定からして面白そうだった。戦うために生まれてきた女、新道依子がヤクザに拉致され、親分の娘、尚子のボディーガード役を押しつけられる──。
10ページも読まないうちに、ある一節が本から飛び出すようにして私の心をつかんだ。
ヤクザの組員たちとすさまじい乱闘を繰り広げた末、新道は地べたに組み伏せられ、血まみれの顔にホースで水を浴びせられる。
すると新道は「迸(ほとばし)る冷たい水」をよけるでも、屈辱を甘んじて受けるでもなく、顔を上げて水を飲むのだ。






