最新記事
音楽

『レ・ミゼラブル』の楽曲を「歩格」で見てみると...楽譜と歌詞に織り込まれた「キャラクターの心」とは?

2025年1月10日(金)17時26分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
ミュージカル『レ・ミゼラブル』を上演中の英ソンドハイム・シアター外観

ミュージカル『レ・ミゼラブル』を上演中の英ソンドハイム・シアター外観 John Wreford-shutterstock

<大ヒットミュージカルの楽曲をリズムによって紐解くと、言葉にあらわれていなかったキャラクターの心が見えてきた>

ミュージカルという芸術ジャンルの核心部として、音楽に乗せられる歌詞の「しらべ」がある。

「しらべ」とは、英語であればシラブルの数やアクセントの位置による「リズム」や「音韻」を効果的に組み合わせて、特定の気分や雰囲気を表現する調子だ。

こうした「しらべ」はミュージカル楽曲の中でどのように形成され、どのような効果をもたらしているのか。オペラや音楽劇の研究を行っている長屋晃一氏の著書ミュージカルの解剖学(春秋社)より一部抜粋して紹介する(本記事は第2回)。

※第1回はこちら:ミュージカルは「なぜいきなり歌うのか?」...問いの答えは、意外にもシンプルだった

長屋氏は英語をはじめとするヨーロッパ言語の詩のリズムのうち、アクセントをもつ強い音を「●」、アクセントをもたない弱い音を「○」として、詩のリズムを分析している。扱ったのは現在帝国劇場で上演中のミュージカル『レ・ミゼラブル』の楽曲だ。

◇ ◇ ◇

強い音(●)をひとつもったリズムの最小のまとまりを「歩格meter」という。この「歩格」が1行に4回出てくると「4歩格」といい、5回出てくると「5歩格」という。

この「歩格」とその回数が、音楽にとってはかぎりなく重要になってくる。フレーズを何小節でまとめるか、という旋律の作り方に関わってくるからだ。ここからは、詩のリズムの基本となる4種類の「歩格」を紹介しながら、音楽との関係を少しずつ分析して示してみたい。

(1)イアンブス格(○●)

「弱強格」ともいわれ、ヤンブスと呼んだり、英語では「アイアンブiamb」などともいう。英語の詩では、このイアンブス格はたいへんに好まれる。だから、ミュージカル・ナンバーの歌詞でもイアンブス格の詩はひじょうに多い。

『レ・ミゼラブル』<囚人の歌>の歌詞

この〈囚人の歌〉は、規則正しいイアンブス格の連続で、「下を向けlook down」が基調となって繰り返される。奇数行が2歩格、偶数行が3歩格、という組み合わせでできている。このリズムの単純さは、囚人たちが実際に服務につきながら歌う、労働歌らしさも表している。

Les Misérables | Look Down (Full Hugh Jackman Performance) - Universal Pictures


ここで、ちょっとリズムだけでない、「しらべ」をつくる「音」のはなしもついでにしておきたい。2行目の「目eye」と4行目の「死ぬdie」は脚韻をふんでいる。

脚韻は調べを整えるためにも用いられるし、同じ脚韻の単語どうしがなんらかの意味のふくみをもつこともある。この4行ではそのふくみはみえない。

また、繰り返される"down"という言葉の響き(d やwn)は、その意味「下へ」のイメージもあいまって、下に向かうような重たさがある。さらには、"down"のイメージが、「ここhere」という場所、そして「死ぬdie」という土の下の世界へと結びつく。

"down"と"die"は頭韻(ダという音)も踏んでいるため、響きのうえでも結びつきを強めている。

音楽をみてみよう(譜例6)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ドルは155.44円まで下げ幅拡大、日本の2年金利

ワールド

トランプ氏の関税警告、ロシアの一部で反発強まる

ビジネス

見通し実現していけば、金利引き上げ緩和度合い調整=

ワールド

英少女3人殺害事件、18歳被告に禁錮最短52年の判
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 3
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ人の過半数はUSスチール問題を「全く知らない」
  • 4
    いま金の価格が上がり続ける不思議
  • 5
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 6
    「後継者誕生?」バロン・トランプ氏、父の就任式で…
  • 7
    電気ショックの餌食に...作戦拒否のロシア兵をテーザ…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    欧州だけでも「十分足りる」...トランプがウクライナ…
  • 10
    【トランプ2.0】「少数の金持ちによる少数の金持ちの…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 4
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 10
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中