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AI乱用への警鐘?...気持ち悪すぎて「見るに堪えない」ビートルズ「最後の新曲」のミュージックビデオの罪

Would John Have Approved?

2023年11月30日(木)14時20分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)

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『ザ・ビートルズ:Get Back』より PHOTO COURTESY OF APPLE CORPS LTD.

『ザ・ビートルズ』の場合、技術は奇跡を生んだ。ジャクソンら制作チームは不可能を可能にし、数十年間聞き取れなかったメンバー同士の会話が、突如としてはっきり聞こえるようになった。

しかし「ナウ・アンド・ゼン」のビデオは、18年の戦争ドキュメンタリー『彼らは生きていた』に近い。ジャクソンは第1次大戦の最前線で撮影された記録映像をデジタル修復して着色し、3D化することで観客を戦場に没入させようとした。

だが、最新技術は観客と100年前の兵士を隔てる溝を埋めるどころか、両者の間にすぱっと線を引いた。観客がスクリーンの中の人々に対して本能的に感じてきた想像上の絆を断ち切った。

第1次大戦を扱った古い戦争映画でも、『ビッグ・パレード』や『大いなる幻影』のキャラクターには容易に人間味を感じ取れる。彼らの住む世界に入り込めるからだ。

一方、『彼らは生きていた』は過去と現在の境を消そうとして、兵士と観客を不毛なデジタル世界に放置した。ある兵士は命を吹き込まれるどころか、デジタル加工のせいで目のない化け物に見える。

映像が不完全なら観客は不完全な部分を想像力で補うが、最新技術で化粧直しされた映像に想像力の入る余地はなく、そこには人間に見えない兵士がいるだけだ。

ビートルズのテクノロジー好きは有名で、常に新しい録音技術やサウンドを加工する方法を模索していた。

新曲と共に公開された短編ドキュメンタリー『Now and Then:ザ・ラスト・ビートルズ・ソング』で、マッカートニーは最新技術を駆使した曲作りについて「ビートルズは(AIに)興味を持っただろう」と語る。レノンの息子ショーン・レノンも、「実験精神が旺盛な父なら、AIを気に入ったはずだ」と述べた。

息子や盟友がレノンの思いを推測するのは自由だ。けれどジャクソンのビデオには、「もしも~だったら」の概念がない。レノンが映像アーカイブから出てきて現在のスタジオでオーケストラを指揮するとき、私たちは仮定法の及ばない領域にいる。

何しろレノンその人がレコーディングに立ち会い、お墨付きを与えているのだ。曲とビデオの創造的あるいは倫理的な妥当性に対して私たちが抱いたかもしれない疑問など、吹き飛んでしまう。「問題ない。レノンがOKしたのだから」という具合に。

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