最新記事

新興国

超深海油田に挑むブラジルの夢と危うさ

世界最大級の産油国を目指すが、その油田はBPが原油流出事故を起こしたメキシコ湾より難易度が高い

2010年10月28日(木)17時42分
エリック・ジャーマン

神の采配? 07年に発見された海底油田の操業開始を喜ぶルラ大統領(中央、10月7日) Sergio Moraes-Reuters

 07年に大西洋のブラジル沖で大規模な海底油田が発見された際、同国のルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領は神の采配だと言った。それだけではない。「その神はブラジル人だ」とか、石油資源はブラジルの「未来へのパスポートだ」などと大はしゃぎ。

 その未来への扉が今まさに開こうとしている。ブラジルの国営石油会社ペトロブラスがいよいよ、トゥピ油田で石油の商用生産を開始するからだ。トゥピ油田はブラジル沖にある埋蔵量数十億バレルと言われる油田の1つだ。

 海岸線から300キロ以上、水深数千メートルのところにあるこれらの油田は、過去数十年間で発見された中では最大規模のものだと言われている。うまく利用すれば、ブラジルに富をもたらしこの国を世界トップクラスの産油国に押し上げる可能性を秘めている。

 だが原油生産が始まる一方で、ブラジルは海底油田の危険性を甘く見ていると業界に詳しい人々は言う。今年4月にメキシコ湾で起きた海底油田の爆発・原油流出事故を見れば、その危険性は誰の目にも明らかだというのにだ。

 ブラジルが開発を急いでいる海底の石油資源は、2000メートルもの厚さの岩塩層の下に眠っている。陸地に最も近い油田でもリオデジャネイロの海岸から南東に300キロも離れており、海の深さは1500メートルを超える。

 正確な埋蔵量は誰にも分からないが、試験掘削の結果からブラジル政府は数百億バレルを見込んでいる。「予測通りにうまく行けば、ブラジルの(石油)生産量は35年までに今の2倍以上になる」と、米エネルギー省エネルギー情報局のジョナサン・コーガンは言う。

世界5大産油国入りも夢じゃない

 エネルギー情報局の試算では、油田発見前の06年、ブラジルの1日あたりの石油生産量は約190万バレルで世界の産油国のベスト10にも入っていなかった。だが25年後には1日あたり550万バレルに増加し、ブラジルは世界のトップ5に入ると同局では見ている。

 現在のところ、採掘されているのは比較的浅い場所にある油田だ。だが07年に発見された油田の多くは水面下7000メートルあたりに位置している。

 ここから石油を掘り出すには、さまざまな高度な技術が求められるだろう。海流や凍りそうな水温や猛烈な水圧、そして泥や砂、石や岩塩と戦って掘り進まなければ石油にはたどり着けない。

 3000メートルもの厚さの岩や堆積物の層を砕いた後に待っているのは1500メートルほどの厚さの岩塩の層だ。これを掘るのは非常に困難だとテキサス大学の教授(石油工学)でペトロブラスの顧問を務めるカルロス・トーレスベルディンは指摘する。「この岩塩層の固さは花崗岩並みになる」

 それでもその困難は、メキシコ湾の海底油田掘削と同じくらいだと彼は言う。同じテキサス大学石油・地球システム工学部のタッド・パツェク教授が懸念しているのはまさにこうした考え方だ。メキシコ湾の原油流出事故の原因について米連邦議会で証言したこともあるパツェクによれば、超深海油田の構造は石油会社が認める以上に複雑化し制御困難になっているという。

もはや宇宙探査に近い領域

 潜水艦ですら水圧でつぶれてしまうほどの深海で遠隔操作で掘削を進めるには、非常に複雑なシステムが必要になる。ここまでくると鉱業を通り越して宇宙探査に近い領域だ。

「われわれは人類の技術の限界を押し広げ、宇宙よりもはるかに厳しい環境にまで手を伸ばそうとしている」とパツェクは言う。「大洋の下の世界を開発するのは、月どころか火星に行くようなものだ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日産とマツダ、中国向け新モデル公開 巻き返しへ

ビジネス

トヨタ、中国でテンセントと提携 若者にアピール

ワールド

焦点:「トランプ2.0」に備えよ、同盟各国が陰に陽

ビジネス

午後3時のドルは一時155.74円、34年ぶり高値
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中