最新記事

ジョブズ伝記本が教えてくれないこと

ジョブズ、天才の素顔

暗黒のエネルギーも含め
彼を伝説たらしめたもの

2011.12.15

ニューストピックス

ジョブズ伝記本が教えてくれないこと

興味深いエピソード満載の読み物だが、誰もが知りたい真の人物像に迫ることができなかったのが物足りない

2011年12月15日(木)12時19分
ファハド・マンジュー(スレート誌テクノロジー担当)

 アップルのCEO辞任、さらにその死を受けて、インターネットの世界はスティーブ・ジョブズにまつわる逸話であふれ返った。

 友人や従業員、ライバルたちが語る秘話は「この世のものとは思えぬ天才」ジョブズのイメージをさらに高め、世界を変える製品の開発に心血を注いできたのだから多少の奇行や気性の激しさは許されるべきだと主張するたぐいのものばかりだった。

 例えば初代iPodの開発中に、ヘッドホンのジャックを改良して「はめるときにもっとカチッと鳴るようにしろ」と命令したという話。あるいは早朝にグーグルの上級副社長ビック・グンドトラに電話して、グーグルのiPhoneアプリのアイコンに使われている黄色が気に入らないと文句をつけた話。確かに嫌な奴だが、この程度なら、まあ愛すべき変人と言えなくもない。

 もっといい人だったと思わせる逸話もある。アップル本社の前にいた家族連れから「シャッターを押してくださる?」と頼まれたときは、彼らが自分の正体に気付いていないことを察し、気持ちよく写真を撮ってあげたという。こうした逸話は、ジョブズがそれほど付き合いにくい人間ではなかったことを示しているのかもしれない。

 しかし、実はジョブズは、私たちが思っていたよりもずっとひどい人間だったことが判明した。ウォルター・アイザックソンの書いたジョブズ公認の伝記本『スティーブ・ジョブズ』(邦訳・講談社)には、ジョブズを称賛する話以上に、彼が世界最高クラスの「嫌な奴」だったことを示す逸話が盛り込まれている。

 ジョブズは、人生で関わったすべての人に対して無作法で意地悪で虐待的で、しばしば無関心だった。彼に嫌われた人々は、もろにその被害を受けた。彼に愛された人々は、さらにひどい扱いを受けていた。

肝心なことは語らない

 さすがに、彼も自分の行動の一部については生前から後悔の念を示していた。例えば、非嫡出子として生まれた最初の娘リサを何年も認知しなかったことなどだ。

 アイザックソンは、彼の公私にわたる傲慢な振る舞いを執拗に記述している。これでは長年のファン(私もその1人だ)でさえ、この本に描かれているジョブズを好きになるのは苦労するだろう。

 それでもジョブズは、こうした描写をされても構わなかったのではないか。彼は自分が他人にどう思われようと、気にしていなかった。お気に入りの言い回しは、自分を嫌う人はおそらく「間抜け」か「女々しいクソ野郎」というものだった。

 だが一方で、ジョブズはアイザックソンに対して、自分の子供たちが自分について少しは理解できるような、そして自分が行った選択について説明がなされるような伝記を書いてほしい、とも注文している。

 そしてそこが、この本の奇妙にして期待外れなところだ。アイザックソンはジョブズに40回以上のインタビューを行ったはずだが、その波瀾万丈の人生をじっくり振り返るような話を聞き出せていない。死が間近に迫っていたときでさえ、ジョブズは自分の強さや弱さ、勝利や過ちを静かに振り返る気分になれなかったようだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾行政院長、高市氏に謝意 発言に「心動かされた」

ワールド

ロイターネクスト:シリア経済、難民帰還で世銀予測上

ワールド

アングル:日銀利上げ容認へ傾いた政権、背景に高市首

ビジネス

「中国のエヌビディア」が上海上場、初値は公開価格の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 7
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 8
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 9
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 10
    【トランプ和平案】プーチンに「免罪符」、ウクライ…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中