最新記事

「ブラジルの世紀」に大きな落とし穴

ルラ後のブラジル

新大統領で成長は第2ステージへ
BRICsの異端児の実力は

2010.09.28

ニューストピックス

「ブラジルの世紀」に大きな落とし穴

夏季五輪開催で世界の主役を張るチャンスを生かすには、意外と肝が小さく尊敬されないという欠点を直す必要がある

2010年9月28日(火)12時00分
マック・マーゴリス(リオデジャネイロ支局)

南米初の快挙 五輪開催決定を喜ぶリオデジャネイロ市民(コパカバーナビーチ、09年10月2日) Ricardo Moraes-Reuters

 IOC(国際オリンピック委員会)は10月2日、リオデジャネイロを2016年夏季オリンピックの開催都市に決定した。シカゴや東京、マドリードを抑え、南米初のオリンピック開催を勝ち取ったブラジルでは、数十万人の市民が全国の広場や通りを埋め尽くしどんちゃん騒ぎを繰り広げた。

 ブラジルにとって、これは国際舞台への遅過ぎたデビューとも言える。大国ブラジルはかつて途上国中の落第生で、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)のなかでも一番発展が遅れていた。それが今では、最も注目される新興国になった。

 経済は金融危機の衝撃から回復し、中国と並んで2010年の景気回復を目指す世界経済の牽引役だ。国際金融システムの規制強化案でも、国連安全保障理事会の常任理事国に途上国を加える改革案でも、説得力を発揮してきた。ついにブラジルの時代がやって来た。

 だが、ルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領がいま学んでいるように、国際舞台の主役の座は初心者にはなかなか荷が重い。

 ブラジルの外交政策はいつも慎重だった。だが最近は、金持ち国(ルラの言葉を借りれば「青い目と白い肌の人々」)を挑発し、「南」(途上国)の戦略パートナーや友好国には擦り寄るずっと攻撃的な外交姿勢を取り始めている。

 ブラジル外交が試される場面はここ数カ月で幾度もあったが、ブラジルは新たな大国にふさわしい態度を取る代わり、しばしば逃げ腰だったり、問題に見て見ぬふりをしたりした。ブラジルに国際政治に影響を及ぼせる力があるのは明らかだ。だが、度胸のほうはどうだろう。

政変に利用された「無知で利用しやすい」国

 ホンジュラス政変への対応はどうだったか。クーデターで大統領職を追われたホセ・マヌエル・セラヤが数十人の支持者を引き連れて在ホンジュラスのブラジル大使館に保護を求めた9月21日以降、陰の実力者や調停者としてのブラジル政府の威信はガタ落ちだ。

 この一件はブラジルが学ぶべき教訓を教えてくれる。予測不可能な友好国を甘やかす危険性、世界に与える影響力の限度......。そして現在のところ、ブラジルにそうした責務を担う準備が整っているとは言い難い。

 セラヤは単に、国際社会の圧力で国の混乱が収まるまでの安全な避難所が欲しかった。そこで、南米で言う「無知で利用しやすい者」ブラジルを利用した。ブラジルは、世界のリーダーから地域政治家の踏み台に転落した。

 中南米で最も名高いブラジル外交官が、一夜にして責任逃れの声明を発表するまで追い込まれ(セルソ・アモリン外相は肩をすくめて「セラヤを受け入れる以外に選択肢はなかった」と語った)、米政府や国連に助けを求めた。

 治安当局に包囲された大使館で、ブラジルの外交官とセラヤとその仲間たちが限られた食料の取り合いをしている間に、米オバマ政権は即座にこの難局を中南米の問題と突き返した。だが中南米の盟主のはずのブラジルは、主役ではなく傍観者にしか見えない。

 ブラジル政府は、国際的な影響力を拡大しようという試みでもつまずいた。ルラはこの6年間で、アフリカや中南米を中心とする35カ国に大使館を開設。いずれも、国連安保理改革でブラジルを支持してくれそうな国々だ。

 だが、途上国の独裁者たちを甘やかす政策は裏目に出る可能性もある。ブラジル政府はここ数カ月、スリランカや北朝鮮、コンゴ、スーダンといった強権国家の人権侵害を不問に付してきた。キューバが反体制派を弾圧し投獄していることも無視。イラン大統領選の不正疑惑とそれに続いた流血の暴動も、ルラに言わせれば、ライバルチームを応援するサッカーファン同士のけんか程度のものだ。

 政府に批判的なメディアを閉鎖し、議会も最高裁も飾り物にしたベネズエラのウゴ・チャベス大統領のことも、堂々と弁護する。「ベネズエラが非民主的という具体例を1つでも挙げてほしい」と、ルラは本誌に語った。

 ブラジルが国際的な巨人になることに期待を寄せる人々も、ついに批判の声を上げ始めた。「ブラジルは国連人権理事会の理事国という立場を、ぞっとするような人権侵害国を支持することに使っている」と、人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウオッチのジュリー・デリベロは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米小売売上高4月は前月比横ばい、ガソリン高騰で他支

ワールド

スロバキア首相銃撃され「生命の危機」、犯人拘束 動

ビジネス

米金利、現行水準に「もう少し長く」維持する必要=ミ

ワールド

バイデン・トランプ氏、6月27日にTV討論会で対決
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中