最新記事

EUにNOで泡と消えた夢

岐路に立つEU

リスボン条約発効、EU大統領誕生で
政治も統合した「欧州国家」に
近づくのか

2009.10.23

ニューストピックス

EUにNOで泡と消えた夢

アイルランドのリスボン条約否決で見えてきた国家連合体のアキレス腱

2009年10月23日(金)12時48分
デニス・マクシェーン(英下院議員、元欧州担当相)

 ヨーロッパの指導者は、EU(欧州連合)が直面している「存在の危機」の重大さを、いまだに認めようとしない。

 EUの新しい基本条約となるリスボン条約の批准がアイルランドの国民投票で否決され、ブリュッセルで開かれていた加盟27カ国による首脳会議は、展望を見いだせないまま6月20日に閉幕した。つまりEUは、21世紀のグローバル政治に多大な影響を与えるターニングポイントに直面している。

 焦点はわかりやすい。ヨーロッパは国際社会の一つの勢力として団結し続けることができるのか。それともEUは競合する国家の寄せ集めとなり、アジアで台頭するナショナリスト国家に対抗できなくなるのか。ヨーロッパは弱体化したアメリカのパートナーになれるのか。それとも1945年以来の欧米による覇権は終わったのか。

 ロシアなど旧大国も、中国やインドなど新大国も注目している。地政学の未来は国民国家を単位に描かれることになるのか。ヨーロッパの大小の国々が権力と主権を共有するという独自の実験は、終わりを迎えつつあるのか。

 もちろん、今後数年や数十年はEUを現在の形で存続できるだろう。しかしフランスのニコラ・サルコジ大統領が先週のEU首脳会議でいみじくも語ったように、リスボン条約のつまずきは拡大路線の終焉を意味している。

 クロアチアやセルビア、コソボなどバルカン半島西部の国々やトルコの加盟問題、さらにはウクライナやイスラエルも参加するという希望は、すべて保留となった。EUの次のステージの概略を描く新基本条約に、5億人近いEU人口のうち86万人のアイルランド国民が反対を投じたからだ。

 一方で、かなり現実的な不安が生じている。EUが弱体化してしまうほど、それぞれの国があらためてアイデンティティーを主張するのではないか。その結果、中国やロシアなど、民主主義や法の支配、表現の自由、人権にほとんど関心のない、強硬で自信にあふれた大国に再び歴史をゆだねることになるのではないか。

 東南アジアや中南米、アフリカでEUのような共同体をつくり、反目し合う小国が共に成長するための共通のルールを見いだすという希望も薄れるだろう。手本となるEUの首脳は指導力不足で、新しいルールの枠組みさえ合意できないのだから。

錯綜する指導者の思惑

 リスボン条約に反対したアイルランドの国民は、より大きな地政学的事柄については考えなかった。彼らが心配したのはむしろ、自分たちの誇りあるアイデンティティーがEU制度の権力の拡大によってさらに侵食されることだ。

 アイルランドがヨーロッパ統合に「ノー」を突きつけたことで、国家とヨーロッパという二つの相反するアイデンティティーの複雑なバランスは崩壊した。

 ここにヨーロッパのかかえるジレンマがある。理性はEUだが、感情は国家。頭ではヨーロッパにイエスと言いながら、心ではイギリスやフランス、ドイツなど、それぞれの国にイエスと言っている。

 大英帝国時代の詩人ラドヤード・キプリングは「一つの法律。一つの土地。一つの王座!」と書いた。だが、大国でも小国でも、新しい国でも歴史ある国でも、それぞれの市民の間から生まれた国民国家への情熱を、EUは生み出すことができなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日鉄によるUSスチールの買収完了、米政府が黄金株保

ワールド

イラン、トランプ氏の降伏要求に反発 中東紛争の出口

ワールド

日産2車種「追加調査の必要性なし」 米NHTSA、

ワールド

中国外相、イスラエルによるイラン攻撃「国際法違反」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未…
  • 6
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 7
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 8
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中