最新記事

横田宗隆(パイプオルガン建造家)

世界が尊敬する日本人

国境と文化の壁を越えて輝く
天才・鬼才・異才

2009.04.08

ニューストピックス

横田宗隆(パイプオルガン建造家)

中世の音を現在に甦らせる

2009年4月8日(水)18時22分
前田雅子

 パイプオルガン建造家の横田宗隆が、ドイツのハンブルク近郊の教会を訪れたのは76年のこと。300年以上前に作られたオルガンに強い感銘を受けたが、まさか20年後に自分がその調査を依頼されるとは思ってもみなかった。

 そんな劇的な「再会」も、現在の活躍ぶりからすれば不思議ではない。横田(53)には、世界から名指しで建造や調査の依頼が来る。現在携わる韓国芸術総合大学の次はニューヨークのイーストマン音楽大学、その後にはコーネル大学のプロジェクトが控えている。

 パイプオルガンの世界にも工場での機械製造が広まるなか、横田は中世以来の伝統的な製法にこだわる数少ない建造家の一人。大きなオルガンだと数千本あるパイプもすべて手作業で作る。1台のオルガンの製造に5、6年かかるため、手がけた数は決して多くない。

 横田には過去の製法を再現するハイレベルな技術と、耳だけを頼りにパイプの音を調整する「整音」の天賦の才能があると、コーネル大学のアネット・リチャード教授は言う。「横田のオルガンの音は温かく生き生きとして、豊かだ」

 古い製造様式へのこだわりは、オルガンとの出合いにさかのぼる。13歳のときに偶然手にしたレコードが、17世紀後半の名匠アルプ・シュニットガー作のオルガンの演奏だった。楽器の奏でるどこか懐かしい音に衝撃を受けただけでなく、「ヨーロッパの音楽、宗教、建築技術が集まったパイプオルガンの複雑さに夢をかきたてられた」と、横田は言う。

 大学卒業後に日本で3年間見習いをした後、横田が選んだ修業先は意外にもアメリカだった。事前にヨーロッパに下見に行ったが、期待を裏切られたという。

 「著名な建造家の作品でも、現代のパイプオルガンは300年前のものにはかなわないと、見て触って聴いて確信した。ショックだった」。そんなとき、オルガン演奏の世界的権威であるハラルド・フォーゲルから、歴史的な製造様式を採用するアメリカの建造家を紹介され、渡米した。

 現在はスウェーデンのイエーテボリ・オルガン芸術センター(GOArt)に在籍する。 GOArt は世界でも珍しいオルガン専門の研究・教育機関。研究者でもある横田は、出版や講演活動にも多くの時間を割く。

地域密着の「もの作り」

 横田の思い入れが最も強いのが、「オンサイト・コンストラクション」 といわれる中世後期以来の製造工程。注文を受けた土地に出向き、そこで生活をしながら、その土地の材料を使って製作する。スタッフも現地で集める。

 84年のカリフォルニア州立大学チコ校のプロジェクトでは、6年間かけてこれを実現させた。彫刻家やエンジニアなど各部門の専門家に交じって、地域の学生や主婦、お年寄りが一体となって1台のオルガンを完成させた。

 オンサイト・コンストラクションは「自分たちのオルガンを作るという人々の熱気にあふれ、まさに『もの作り』の楽しさが味わえる」と、横田は言う。「オルガンは専門家のためでなく、音楽を聴く一般の人のためのもの。それを忘れてはいけない」

 表面的な精確さを偏重しがちな現代の楽器には冷たさを感じると、横田は言う。横田がめざす「温かく人間くさい」オルガンの音は、300年前の人が聴いても懐かしく感じるはずだ。

[2005年10月26日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

伊プラダ第1四半期売上高は予想超え、ミュウミュウ部

ワールド

ロシア、貿易戦争想定の経済予測を初公表 25年成長

ビジネス

テスラ取締役会がマスクCEOの後継者探し着手、現状

ワールド

米下院特別委、ロ軍への中国人兵参加問題で国務省に説
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中