コラム

警察庁公表「治安の回顧と展望」に感じる危うさと違和感

2015年12月17日(木)18時00分

安保法制に反対して国会前デモに参加した人たちもすっかり「悪者」扱い Yuya Shino-REUTERS

 今年の頭に起きてしまったISによる日本人人質事件では、残念ながら人質2人が殺害されてしまったが、残念な結果に到る前も後も「テロに屈しない」というワンフレーズのみで乗り越えようとしていた安倍首相の弁舌は、到底納得できないものであった。先月のパリ同時多発テロは、そのISの標的がどこまでも拡大している事実を知らせた。

 今月初旬に、警察庁が2015年版の「治安の回顧と展望」を公表している。この1年は、国内に目を向ければ、安保法制に沖縄基地問題と、路上から異議を唱える声が膨らんだ年だったが、日本の警察が、今年そして来たる2016年をどのように捉えているのか、150ページにわたる本資料に目を通してみた。

 本資料では、ISと日本のかかわりについて、「機関誌上で、有志連合に参加する国に対する報復を呼び掛けるとともに、日本の外交団を名指しし、それらを標的としてテロを行うよう呼び掛けている」とし、テロ組織と直接的な関わりをもたない個人が、影響を受けてテロ行為に走る「ローン・ウルフ型」のテロについても警戒を示している。

 確かに警戒は必要だが、とはいえ「イスラム過激派が、イスラム諸国出身者のコミュニティーに潜伏し、テロのインフラを構築する、テロ資金調達等に利用する、コミュニティーのメンバーを過激化させるなどの活動に関与することが懸念される」との記載には、「やっぱりそうか」と頷くべきではないだろう。

 というのも、この国に住まうイスラム諸国出身者への配慮に欠けた詮索が堂々と行なわれるのではないかという懸念が生まれるからだ。2010年に警視庁公安部の内部資料がネットに流出したが、そこで明らかになったのは、国内のイスラム教徒の動向を事細かに追跡していたこと。青木理『青木理の抵抗の視線』(トランスビュー)によれば、「都内に7カ所あるモスクすべてに監視拠点を設置し、そこに大量の要員をへばりつかせ、出入りする人々を徹底して追い回」していたという。

 今、アメリカでは「イスラム教徒の入国を禁止する」という愚策を打ち出したドナルド・トランプ候補の支持率が急上昇しているが、これと同質の、「イスラム諸国出身者を見かけたら......」という安直な捜査が懸念される。来年5月下旬に行なわれる伊勢志摩サミットについて、「テロリストによって格好の標的となり得る」としているが、かといってフリーハンドで思うがままに「イスラム諸国出身者」を疑うべきではない。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、シカゴへの州兵派遣「権限ある」 知事は

ビジネス

ブラジルGDP、第2四半期は0.4%増

ワールド

米軍、カリブ海でベネズエラ発の船舶攻撃 麻薬積載=

ビジネス

アンソロピック企業価値1830億ドル、直近の資金調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨッ…
  • 6
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story