コラム

なぜ日本には「左派勢力の旗手」が出現しないのか?

2016年02月04日(木)17時00分

 理由はいくつか考えられます。

(1)終身雇用の正社員という一種の身分制がある中で、その地位を獲得し、そこで昇進昇格昇給を得ていくというミクロの努力が優先され、制度全体を疑う視点が持ちにくい。また、労働法リテラシーを学ぶ場がなく、従って労働者の権利という概念が浸透していない。

(2)若者にとっては、日本の1人あたりGDPが大きかった世代との世代間格差の方が、現役世代のヨコの経済格差より切実。だが、その一方で世代間格差の強力な是正は、高齢者の生存権と衝突するうえ、そもそも多数決主義のもとでは勝てる見込みがない。

(3)現役世代同士のヨコの格差は、欧米に比べて大きくないので、経済的に困窮している層でも富裕層への敵意を持つことは少ない。嫉妬心は持つかもしれないが、多種多様な嫉妬心が顕在化している社会では、その中に紛れてしまう。

(4)単身者世帯が増えることで、家計の固定費は住居費に限られ、所得の低迷は消費の抑制で帳尻を合わせてしまうことになる。結果として、若者の経済的困窮が非婚少子化を後押ししている。

【参考記事】「同一労働・同一賃金」はどうして難しいのか?

(5)課税強化と再分配の恩恵を要求しようにも、国の経済が低迷する中では財源が限られることへの「物分りの良さ」があり、要求が前面に出てこない。個人の困窮の原因を突き詰めれば、人口減少と産業構造転換の失敗という問題の「根深さ」に行き着いてしまうため、大きく状況を変革することへの現実感を持ちにくい。

(6)旧左翼(50年代からの左翼政党や労働組合)は中高年の正社員の既得権益代表であり、現在の若者の利害を誠実に代表することはない。新左翼(60年代末以降の左派的思想)とその後継者は、「反戦」「環境やエネルギー」など「理念的テーマ」の追求にばかり関心を示し、個々の経済的困窮を束ねて社会改良に向けた運動にするという発想が薄い。そもそも左派カルチャー全般に「富裕層の自己実現」といった匂いがついてしまっていて、若い世代の困窮層にとっては違和感こそあれ親近感が持てない。

 どれも根深い問題です。では、日本の現状は欧米に比べると「先進的」であって、これはこれで仕方がないのでしょうか? それでは、あまりにも悲観的に過ぎます。

 やはり上記の理由の中では(5)に絞って、何とか産業構造の転換を実現して、これ以上の経済の縮小をストップすること、そこが重要なのだと思います。(1)の問題を改善するのは、「そのための手段」という位置付けになるでしょう。

 そのためにも、日本の将来の経済状態により切実に関わる若い世代が、自身の持つ健全な反発心をもって、衰退する過去を切り捨てて新しい未来へと向かう変革の旗手となる――そんな動きに期待するしかないようにも思われます。そう考えれば、現在の日本には「サンダース」も「コービン」もあえて必要ないのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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