コラム

受験生の「購読雑誌」を書かせるアメリカの大学入試

2014年01月17日(金)10時50分

 アメリカのAO入試というのは、各大学が多くの専任スタッフを抱えていて、願書に関しては複数の人間の目によって多角的に検証されるからです。例えばエッセイや内申書で「知的な優秀度」を証明できなかった学生が、「1点でも稼ごう」と思って「背伸びをして難しい雑誌を購読していることにする」ような回答は、ほとんど意味がないわけです。あくまで全体として願書は判定されるので、その中の一つの材料として「購読雑誌」を聞くということがあり、それは全体との整合性を検証しながら判定され、また事実の検証が必要であれば面接などでチェックがかかるのです。

 実はこの辺りの「合格判定のノウハウ」というのは非常にテクニカルに洗練されているらしいのです。各大学ともに秘中の秘ということになっていますが、その中身としては「主観的なファジーなもの」でもなく、「点数化による機械的なもの」でもなく、それでいてノウハウとしてはロジカルに組み立てられたものがあると言われています。

 日本でも、例えば東大が入試での面接を導入したり、推薦入学を検討したりという話が出ていますが、可能であればこうしたアメリカの大学の「AO」がやっているテクニカルな実務について十分に調査して取り入れるべきところは取り入れるということが必要だと思います。

 日本の場合ですと、仮に「講読雑誌を調査する」ようなことになれば、塾や予備校が「理系だったら『日経サイエンス』を読め」とか「文系だったら経済誌が無難」などという「余計なテクニック」を煽ったり、一方で「講読雑誌を聞いたら思想信条の調査になるのでは」という懸念が出てきたり、あるいは「教官が面接官の場合には、自分の思想を元に偏った評価をするのでは」という心配などが出てきそうです。

 そうした中で、結局は「今の毒にも薬にもならない」ペーパーの「大学入試」を続けるのが「客観的で公正だ」というような話になりそうです。現に今のところはそうした議論も対立軸の一方にはあるようです。

 ですが、大学入試制度というのは、受験を控えた高校生の「知的活動全般」を束縛してしまうわけです。ですから、形式的な「記憶力と作業能力のチェック」ではなく、何らかのメッセージ性のある問題を出して、高校生の間にも「中身のある」知的な訓練を始めて欲しいという要求を具体化するということは重要だと思うのです。

 日本の入試改革がアメリカの大学入試を参考にするのであれば、実際にアメリカの各大学の「アドミッション・オフィス」が持っている実務ノウハウの研究を進めて行くことが必要ですし、国立大学が面接やエッセイ評価を行うのであれば、合格基準の指針には何らかの透明性が求められると思います。その限りにおいて、これはあくまでも例ですが「講読雑誌を聞く」ということをはじめ、学生の様々な属性や志向を尋ねることの意味も出てくるのだと思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ総司令官、東部前線「状況悪化」 ロ軍攻勢

ビジネス

米GM、コロンビアとエクアドルで工場閉鎖 次世代車

ビジネス

ドル円が急上昇、一時160円台 34年ぶり高値更新

ワールド

米国務長官、29日からサウジ・イスラエルなど訪問 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story