コラム

危うし、美術館!(3):ジコチュウ私立美術館の跳梁跋扈

2016年03月01日(火)11時00分
危うし、美術館!(3):ジコチュウ私立美術館の跳梁跋扈

「趣味の良いドナルド・トランプ」と謳われるピーター・ブラントが設立したブラント財団アート研究センター。予約制で美術館の表示もない。Christie's-Youtube

 今日の名門美術館にとって、脅威は検閲や自己規制だけではない。この時代ならではのライバルの出現が、彼らの存在を脅かしている。問題は、美術館の基盤ともいえるコレクションに関わっている。
 
 すでに何度か記した通り、世界的なスーパー富裕層の出現・台頭と、ますます高まる彼らの購買欲によって、現代アート作品の価格はかつてないほどに高騰している。新興の個人コレクターが金にものを言わせて作品を買いまくり、百戦錬磨のディーラーが価格操作を噂されるほどにマーケットを牛耳る中で、1929年以来の歴史を持つニューヨーク近代美術館(MoMA)、1977年に開設されたパリのポンピドゥー・センター、2000年に開館したロンドンのテート・モダンなどに代表される名門現代美術館は、彼らとの戦いに勝てるのだろうか。収集、保存、展示、研究、教育普及が5大ミッションといわれる美術館は、この先とりわけ「収集」面で後れを取ることになるのではないか。だとすれば、彼らの収集品の質と量は相対的に弱まり、したがって権威も低まるのではないか。

 質の高い作品の奪い合いはますます激しくなる。寄付金や公金を主な財源とする美術館は、スーパーコレクターに比べると予算面で圧倒的に不利である。美術館同士の競争もエスカレートしてゆく。どれもその通りであり、実際、2010年にギャラリストからロサンゼルス現代美術館(MOCA)の館長に転じた(そして2013年に辞任した)ジェフリー・ダイチは、2012年のアート・バーゼルで行われた公開対談で以下のようにこぼしている。(レイチェル・コーベット「THE PRIVATE MUSEUM TAKEOVER」。2012年6月18日付アートネット

 「アーティストもコレクターも、私立の財団を保有し、美しく展示することができる億万長者にしか作品を売らない。そんな時代にどのように多数の観客を惹きつけるのかは大きな課題だ」「作家に『名前の付いた財団に作品を売るのと、スペースが限られ、しかも4〜5年に1度しか展示できない美術館に売るのとどちらがいい?』と尋ねたらどんな答が返ってくると思う?」

 なるほど、と(財団を保有する億万長者以外の)心優しき読者は心を痛めるかもしれない。しかし、そんな心配は実は無用である。当時は運営が行き詰まっていたMOCAの館長であっただけに、ダイチが語った言葉は一面の真実を突いてはいる。だが、作品収集の競争相手は増えたとしても、美術館の権威は、高まりはすれども現在以上に下がることはない。歴史的価値が定まった過去の名作はすでに彼らの手中にあり、よほどのことがない限り外部に流出しない。そして今後も、一定量の名作の入手は約束されているのだ。

プロフィール

小崎哲哉

1955年、東京生まれ。ウェブマガジン『REALTOKYO』『REALKYOTO』発行人兼編集長。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。2002年、20世紀に人類が犯した愚行を集めた写真集『百年の愚行』を刊行し、03年には和英バイリンガルの現代アート雑誌『ART iT』を創刊。13年にはあいちトリエンナーレ2013のパフォーミングアーツ統括プロデューサーを担当し、14年に『続・百年の愚行』を執筆・編集した。

ニュース速報

ビジネス

米FRB、緩やかな利上げ理にかなう=イエレン議長

ビジネス

次期米政権、債務増に配慮した財政政策必要=ダラス連

ビジネス

米12月CPIは前年比2.1%上昇 2年半ぶりの大

ビジネス

ドイツ財務省、IMF抜きのギリシャ支援準備との報道

MAGAZINE

特集:トランプ・ワールドの希望なき幕開け

2017-1・24号(1/17発売)

ドナルド・トランプがついに米大統領就任へ──。「異次元の政治家」にできること、できないこと

人気ランキング

  • 1

    スーパー耐性菌の脅威:米国で使える抗生物質がすべて効かない細菌で70代女性が死亡

  • 2

    日本はワースト4位、「経済民主主義指数」が示す格差への処方箋

  • 3

    トランプごときの指示は受けない──EU首脳が誇り高く反論

  • 4

    【ダボス会議】中国が自由経済圏の救世主という不条理

  • 5

    太陽光発電の発電コストが石炭火力発電以下に。ソー…

  • 6

    トランプ大統領就任式ボイコット続出、仕掛け人のジ…

  • 7

    ベーシックインカム、フィンランドが試験導入。国家…

  • 8

    「知能が遺伝する」という事実に、私たちはどう向き…

  • 9

    トランプをセクハラと中傷で提訴 テレビ番組出演の…

  • 10

    アルツハイマー治療薬を使って歯を自然再生、英研究…

  • 1

    オバマ米大統領の退任演説は「異例」だった

  • 2

    トランプ当選初会見でメディアを批判 ツイッターなどSNS大炎上

  • 3

    韓国ユン外交部長官「釜山の少女像は望ましくない」

  • 4

    「南シナ海の人工島封鎖なら、米国は戦争覚悟すべき…

  • 5

    オバマ、バイデン副大統領に最後のサプライズで勲章…

  • 6

    南シナ海の人工島封鎖で米中衝突が現実に?

  • 7

    ダライ・ラマ制裁に苦しむ、モンゴルが切るインドカ…

  • 8

    北朝鮮が国家ぐるみで保険金詐欺、毎年数十億円を稼ぐ

  • 9

    トランプ今度は製薬会社を標的に 薬価引き下げを表明

  • 10

    なぜアメリカの下流老人は日本の老人より幸せなのか

  • 1

    オバマ米大統領の退任演説は「異例」だった

  • 2

    キャリー・フィッシャー死去、でも「2017年にまた会える」

  • 3

    「知能が遺伝する」という事実に、私たちはどう向き合うべきか?

  • 4

    トルコのロシア大使が射殺される。犯人は「アレッポ…

  • 5

    トランプ当選初会見でメディアを批判 ツイッターな…

  • 6

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 7

    日本の制裁措置に韓国反発 企画財政省「スワップ協…

  • 8

    韓国ユン外交部長官「釜山の少女像は望ましくない」

  • 9

    安倍首相の真珠湾訪問を中国が非難――「南京が先だろ…

  • 10

    独身男性の「結婚相手は普通の子がいい」は大きな間…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本の観光がこれで変わる?
リクルート
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 臨時増刊

世界がわかる国際情勢入門

絶賛発売中!