コラム

スノーデンが告発に踏み切る姿を記録した間違いなく貴重な映像

2016年06月10日(金)16時05分

 ふたりはオバマ政権に対する問題意識も共有している。スノーデンは、オバマ政権に対する失望も告発の要因になったと語っている。この映画は、スノーデンに会う以前のグリーンウォルドが、編集者との電話のやりとりでオバマ政権を批判する場面から始まる。そして『暴露』には以下のように書かれている。


「オバマ政権はこれまで、あらゆる政治思想を持った人たちが共通して呼ぶ"内部告発者とのかつてない戦争"に挑んできた。当初、オバマ大統領は"史上最も透明性の高い"政府をめざすと公約を掲げ、内部告発者を"高潔"で"勇敢"だと称えて、彼らを保護するとまで公言していた。が、結果はまったく逆だった。
 オバマ政権は『一九一七年のスパイ活動法』を適用してこれまでに七名の内部告発者を逮捕しており、なんとその数は、法律が制定された一九一七年から前政権までに同じ罪で逮捕された延べ人数を超えるどころか、その倍以上に及ぶ」

 一方、ポイトラスは、2006年にイラク戦争のドキュメンタリーを作って当局の監視対象となり、その後、出入国の際に何十回も尋問されたという。彼女はそれに続いて、テロとの戦いとグアンタナモ収容所を題材にした作品を作り、この『シチズンフォー』が9・11同時多発テロ事件以降の米国を描いた三部作の完結編となった。

スノーデンが暴いた現実と向き合うために

 しかし、映画からは見えてこないが、スノーデンと彼らとの接触やスクープ記事の公表がスムーズに運んだわけではない。スノーデンが最初に連絡をとろうとしたのはグリーンウォルドだったが、時間に追われる彼はスノーデンが求める暗号化に取り組もうとせず、機会を逸してしまう。

 そこでスノーデンはポイトラスに連絡し、彼女を通してグリーンウォルドを動かす。そこで本腰を入れた彼は、ガーディアン紙に話を持ち込むが、もうひとりの特派員も香港に同行するという条件がつく。彼が仕方なくそれを受け入れたことを知ったポイトラスは、スノーデンに対する裏切りとみなし、激しい対立が起こる。香港でグリーンウォルドが最初の記事を書いたときには、ガーディアン紙からなかなかゴーサインが出ないため、独自にサイトを立ち上げる準備も進める。

 彼らはそんな綱渡りの連続のなかで信頼関係を築いていく。スノーデンが危惧していたのは、自分に注目が集まり、焦点がぼやけることだったが、スクープ記事は彼が望むような反響を巻き起こす。だが、衝撃が去ったあとで、誰もが新たな現実と向き合おうとするとは限らない。スノーデン以後を検証したデイヴィッド・ライアン『スノーデン・ショック――民主主義にひそむ監視の脅威』には、以下のような記述がある。


「(前略)あれほど衝撃的なスノーデンの暴露ですら、人々を改善に向けた行動へと一斉に向かわせるには至っていないようだ。確かに、NSAの大量監視の被害者になった人物というぴったりの事例を挙げることは困難で、せいぜいできることは政治的抑圧の危険性の拡大を挙げることくらいだ。暗黙の前提は、『ここでは起き得ない!』ということだ」

 スノーデンが暴いた現実と向き合うためには想像力が必要になるだろう。『シチズンフォー』と『暴露』から浮かび上がる異様な緊張と激しい葛藤はそんな想像力を刺激するに違いない。


《参照/引用文献》
『暴露――スノーデンが私に託したファイル』グレン・グリーンウォルド 田口俊樹・濱野大道・武藤陽生訳(新潮社、2014年)
『スノーデン・ショック――民主主義にひそむ監視の脅威』デイヴィッド・ライアン 田島泰彦・大塚一美・新津久美子訳(岩波書店、2016年)

○映画情報
『シチズンフォー スノーデンの暴露』
監督:ローラ・ポイトラス
製作総指揮:スティーヴン・ソダーバーグ
(C)Praxis Films (C)Laura Poitras
公開:6月11日(土)より、 シアター・イメージフォーラムほか全国


プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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