コラム

アメリカ本土を戦場化する苛烈なメキシコ麻薬「戦争」

2016年03月22日(火)16時00分

複雑に絡み合う麻薬をめぐる利害

 では、特殊チームを率いるマットは、なぜケイトにミッションの内容を詳らかにしようとしないのか。麻薬戦争のなかで、国防総省、FBI、CIA、DEA(麻薬取締局)といった組織の足並みが揃っているとは限らない。

映画『ボーダーライン』。監督ドゥニ・ヴィルヌーヴは、『ブレードランナー』の続編でも監督を務める。


 たとえば、80年代に全米に蔓延して問題になったクラック・コカインが、CIAが支援するニカラグアの反革命組織コントラの資金源になっていたことは、いまではよく知られている。ヨアン・グリロは前掲書でこの出来事を取り上げ、以下のように書いている。

「(前略)コカインの歴史を理解する上で、CIAの果たした役割は決定的なものだった。このことは、米国政府がいかに国外での麻薬戦争において統合的な方針を取れていなかったかを示している。DEAが密輸撲滅に力を尽くしている一方で、CIAはコントラの強化に血道を上げていた。そのために相棒の足を踏んでしまったのだ。同じような状況は各地の紛争で繰り返されている」

 マットは、国防総省やCIAの上層部が国益と考えるもののために活動しているといえる。これに対して、アレハンドロはマットと利害が一致しているように見えるが、立場や目的は違う。アレハンドロがコロンビア人であることと麻薬戦争を結びつければ、メデジン・カルテルのことが思い出される。かつてコカイン密輸を仕切っていたこの組織は、麻薬王パブロ・エスコバルが射殺され、弱体化していった。そして、北米自由貿易協定という自由化の流れのなかで、メキシコの密輸組織が台頭し、市場を支配するようになった。この物語はそんな背景とも無関係ではない。

家族をめぐる憎しみの連鎖

 しかし、アレハンドロの人物像に関して見逃せないのは、麻薬戦争の別の側面だ。最近では敵対者だけでなく、その家族を皆殺しにするような悲劇が目立っている。

 この映画では、特殊チームの活動と並行するように、国境のメキシコ側の街ノガレスに暮らすシルヴィオという男のドラマが挿入される。彼は妻と一人息子と暮らし、警官でありながらカルテルに関わっていることが徐々に明らかにされる。彼は生活のためというよりは、家族を守るためにそうせざるをえないのだろう。そんなシルヴィオの運命が、終盤でアレハンドロのそれと交錯するとき、アレハンドロを突き動かす個人的な目的がさらに際立つことになる。

 ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『灼熱の魂』や『プリズナーズ』には、家族をめぐる憎しみの連鎖というテーマが埋め込まれていた。この映画にも、アレハンドロを通して同じテーマが引き継がれている。


○参照/引用文献
『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』ヨアン・グリロ、山本昭代訳(現代企画社、2014年)

○映画情報
『ボーダーライン』
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
公開:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
2016年4月9日(土)、角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー
(C)2015 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石油輸送管「ドルジバ」、春のうちに修理完了へ=ゼレ

ワールド

中国、台湾周辺に艦船100隻展開 異例の規模で警戒

ビジネス

安川電機、今期純利益33%増見込む AI・半導体関

ワールド

エクアドル、対コロンビア関税100%に引き上げ 国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 3
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡散──深まる謎
  • 4
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 5
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 6
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 7
    戸建てシフトで激変する住宅市場
  • 8
    高学力の男女で見ても、日本の男女の年収格差は世界…
  • 9
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 10
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで代用した少女たちから10年、アジア初の普遍的支援へ
  • 4
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 8
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 9
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 10
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story