コラム

ウォール街を出しぬいた4人の男たちの実話

2016年02月19日(金)16時30分

リーマンショックの裏側でいち早く経済破綻の危機を予見し、ウォール街を出し抜いた4人の男たちの実話

 アダム・マッケイ監督の話題作『マネー・ショート 華麗なる大逆転』は、映画『マネーボール』の原作者でもあるマイケル・ルイスのベストセラー『世紀の空売り 世界経済に破綻に賭けた男たち』の映画化であり、リーマン・ショックという未曾有の危機を前にして、サブプライム・ローンにまつわる大変動を予期し、それをもとに財をなす準備を整えていた男たちの実話に基づいている。

いち早く経済破綻の危機を予見

 映画に最初に登場してくるのは、ヘヴィメタを愛する隻眼のヘッジファンド・マネージャー、マイケル・バーリだ。格付けの高い不動産抵当証券の事例を調べていた彼は、サブプライム・ローン債権を含む証券化商品である債務担保証券(CDO)が、数年以内にデフォルト(債務不履行)に陥る可能性が非常に高いことに気づく。そこで彼は、「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」という金融取引に目をつけ、サブプライム・ローンの価値が暴落したときに巨額の保険金を受け取れる契約を投資銀行と次々に結んでいく。

 CDSを買った人は、プレミアム(保険料)として決まった金額を投資銀行に払い続けなければならない。住宅市場が安定していると信じる投資銀行にとっては、CDOのCDSは向こうから勝手に金が転がり込んでくるようなものなので、嬉々としてマイケルにCDSを売る。結果としてCDSは大きな賭けになっていく。

 同じ頃、マイケルの取引の噂を耳にしたドイツ銀行の取引仲介人ジャレド・ベネットは、その狙いを見抜き、CDSの伝道師になる。そんなジャレドの言葉に耳を傾けるのが、強欲なウォール街に対する怒りを抑えられないヘッジファンド・マネージャー、マーク・バウムで、彼はCDSで銀行に鉄槌を下そうとする。さらに、無名の若い投資家コンビのジェイミーとチャーリーが住宅バブルを好機ととらえ、一線を退いた伝説の銀行家ベンを担ぎ出してウォール街に挑もうとする。

大暴走を生んだ金融技術

 この映画には、女優のマーゴット・ロビーや『キッチン・コンフィデンシャル』でレストラン業界の裏側を暴いたシェフのアンソニー・ボーデインといった異業種の著名人が本人として登場し、難解な金融の用語を自己流に解説するようなコメディの要素が盛り込まれている。ウォール街とアウトローたちの対決も、「華麗なる大逆転」という副題がついているだけに、痛快なドラマを予感させる。しかし、その本質はシリアスで、非常に複雑でもある。

 この映画の冒頭では、かつてトレーダーのルー(ルイス)・ラニエリが発明した住宅ローン担保証券が、やがて怪物化し、世界経済を崩壊に追いやると説明される。この映画を観ればわかるように、そこで重要な役割を果たすのがCDSだが、それがどのように生み出され、金融危機と結びつくことになったのかを踏まえておくと、このドラマはより興味深いものになる。

 金融ジャーナリスト、ジリアン・テットの『愚者の黄金――大暴走を生んだ金融技術』に詳しく書かれているように、CDOやCDSは、J・P・モルガンのチームによって、企業向け融資におけるデフォルトリスクを移転する技術として開発された。将来デフォルトするリスクについて賭けをする機会を提供できればというのが根本的な発想だった。たとえば、銀行が仲介者となり、債権の保有者は実質的にそれに伴うリスクを、そのリスクをとる投資家に売り渡すことができる。それを融資に伴うリスクに応用するということだ。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

習首席が米へのレアアース輸出に合意、トランプ大統領

ビジネス

アングル:中国製電子たばこに関税直撃、米国への輸入

ワールド

日米関税協議、「一致点見いだせていない」と赤沢氏 

ワールド

米中、9日にロンドンで通商協議 トランプ氏が発表
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:韓国新大統領
特集:韓国新大統領
2025年6月10日号(6/ 3発売)

出直し大統領選を制する李在明。「政策なきポピュリスト」の多難な前途

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシストの特徴...その見分け方とは?
  • 4
    ペットの居場所に服を置いたら「黄色い点々」がびっ…
  • 5
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 6
    日本の女子を追い込む、自分は「太り過ぎ」という歪…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 9
    ウクライナが「真珠湾攻撃」決行!ロシア国内に運び…
  • 10
    「ホットヨガ」は本当に健康的なのか?...医師らが語…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story