最新記事
シリーズ日本再発見

ベンチャーで地方創生、山形の「鶴岡モデル」成功の理由

2018年09月30日(日)11時25分
井上 拓

2018年9月19日にグランドオープンした「SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(ショウナイホテル スイデンテラス)」

<人口流出や産業衰退などの課題を抱えていた人口13万人の山形県鶴岡市が、18年前に実現させた慶応義塾大学の誘致。若い才能が集い、世界が注目するバイオベンチャーが誕生、この9月には水田に浮かぶかのような美しいホテルもオープンした。いま鶴岡で何が起きているのか>

話は、2001年まで遡る。稲作の盛んな庄内平野に位置する人口約13万人の山形県鶴岡市は、人口の流出や少子高齢化、地域産業の衰退化など、日本の地方都市が直面する典型的な社会課題を抱えていた。こうした状況を官学連携による産業振興で打開するため、県と市によって慶應義塾大学が誘致されることになった。

同大学の鶴岡タウンキャンパスの設置に伴い、新設される先端生命科学研究所の所長を一任されたのが冨田勝教授。米カーネギーメロン大学と慶應義塾大学で人工知能、後に生命科学を研究してきた第一線の科学者だ。

「首都圏でもできる優等生的な研究を地方都市で行っても、この研究所はたぶんうまくいかない。賛否両論はあったとしても、世界で誰もやっていない、エキサイティングな研究をする。その研究をしたい人は、鶴岡に行くしかない――そんな場所になるようにと考えていけば、自ずとあるべき姿が見えてきました」と、冨田所長は説明してくれた。

「良くも悪くもアクの強いコンセプトを打ち出すこと」。ここをエキサイティングなサイエンスの拠点にする、そんな構想で描かれたのは「バイオ(生命科学)」と「IT(情報科学)」を融合させ、データドリブン・バイオロジーに特化した、世界のどこにもない独創的な研究所だった。

冨田所長には、生命科学の分野が情報科学になっていく確信があったという。事実、2003年にはヒトゲノムの解読が完了し、現在となっては膨大な量のデータからコンピューター解析を行うIT主導型の生命科学研究が普及している。

だが当時はその概念すらなく、ともすれば批判的な見方もあったかもしれない。既成の枠にとらわれないビジョナリーな冨田所長、その先見性には賞賛するしかない。

「僕がこの18年間守ってきたものの一つは、この研究所では『普通(であること)は0点』ということ。みんなには脱優等生とも言ってるんですけど、普通のことは優等生に任せて、僕らにしかできないことをやろうよと。人がやらないことをやれば、前例がないので失敗することも多い。でも誰かが人と違うことにチャレンジしなければ、この国の進化はありません。誰もやったことのないことに挑戦することは、とてもエキサイティングでワクワクします」と、冨田所長は発信し続けている。

人類に必要な課題解決をする、バイオベンチャーが次々に誕生

こうして設立された、慶應義塾大学先端生命科学研究所も入居する鶴岡サイエンスパーク。冨田所長の研究戦略と活動は次々に奏功していく。

慶應義塾大学は2002年に代謝(=メタボローム)解析の画期的な手法を開発した。「ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ」が2003年に設立され、その後うつ病の診断キットを開発し、2013年12月に東証マザーズ市場に上場。庄内地方に本社を置く唯一の上場企業となっている。

その後も、人工クモ糸繊維の量産化技術を確立し、世界に先駆けて合成タンパク質素材によるアウトドアジャケットのプロトタイプを発表した「Spiber」(2007年)、唾液からがんなどの疾患を検査する技術を開発した「サリバテック」(2013年)、独自のバイオ医薬品開発プラットフォームを有し、東京にオフィスを構える「MOLCURE」(2013年)、人の便から腸内細菌の遺伝子情報を分析する「メタジェン」(2015年)、移植用の心臓組織の製造「メトセラ」(2016年)と、研究所からこれまでに6つのバイオベンチャーが生まれた。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金与正氏、日米韓の軍事訓練けん制 対抗措置

ワールド

ネパール、暫定首相にカルキ元最高裁長官 来年3月総

ワールド

ルイジアナ州に州兵1000人派遣か、国防総省が計画

ワールド

中国軍、南シナ海巡りフィリピンけん制 日米比が合同
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中