最新記事
シリーズ日本再発見

東京はイスラム教徒やベジタリアンにとっても「美食都市」か

2016年12月26日(月)11時11分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

大切なのはマニュアルよりも判断材料の提供

 無理解も困りものだが、それ以上にたちが悪いのが中途半端な知ったかぶりかもしれない。インターネットには飲食店向けの外国人客対応マニュアルの類が散乱しているが、不正確なものが多いのだ。

 ある外国人観光客に対するマナーを紹介するサイトには「中国のイスラム教徒は豚肉を羊肉と呼んで食しています」という明らかなデマまで書かれていた。マスジド大塚を訪れていた回族(中国人ムスリム)の馬さん(20代)に聞くと、「そんな話は聞いたことがありませんよ!?」と仰天していた。

 ちなみに日本人だけでなく、他国のイスラム教徒からも回族はイスラムの教えを守っていないのではと偏見を向けられることも多いのだとか。上述のデマはそうした偏見から生まれたものかもしれないが、「回族に直接聞けばありえない話とわかるはずなのに」と馬さんは肩を落とした。

【参考記事】日本人ムスリムの姿から、大切な「当たり前」を再確認する

 怪しげなネット情報をうのみにすることはもちろん危険だが、そもそもムスリムに対する対応はそう簡単にマニュアル化できるものではないと、日本人ムスリムのTさん(30代)は指摘する。

「何がよくて何がだめかの判断基準には地域差・個人差があり、これならば大丈夫と売り手側が言ったところで、はいそうですかと買い手側が判断するとは限らないと思います」とTさん。いわゆるハラール認証についても世界的な統一基準があるわけではなく、認証団体によって基準は異なる。何がハラールであり何がハラールでないか、最終的に判断を下すのは個々の信者、個々の消費者なのだ。

 例えばハラール認証を受けた食品であっても、お酒を出す店で提供されればハラールではないと判断する人もいる。「認証を取ったり、なにかのマニュアルに従うというよりも、商品の成分表記の詳細化や英語並記を徹底して買い手の判断材料を与えることが大事じゃないでしょうか」とTさんは提言する。

 これはベジタリアン向けでも同様だろうが、果たして日本は成分表記の詳細化や英語併記などを実現していけるだろうか。

 上述の長老格、シディキさんがこんな話をしてくれた。東日本大震災当時、マスジド大塚では被災地に食事を送ったが、自分たちで食べられないものを提供するべきではないとの判断からハラールの料理を提供した。調理を手伝ってくれたモスク付近の住民は当初「みりんを使えないのでは、肉じゃがなど和食を作ることは難しい」としぶったが、結局は砂糖と醤油で代用して料理を完成させてくれたという。

 こういったムスリムに対する理解や配慮が何よりもありがたいのだとシディキさんは語った。

「いまでもよく覚えていることがあります。来日から間もない頃の話です。道をたずねたら最寄り駅まで電車に乗って送ってくれた人がいました。別れ際に知ったのですが、その人の目的地は逆方向だったのにわざわざついてきてくれたのです。昔の日本人はムスリムへの知識はなかったですが、本当に優しかったですし、他者に対する尊敬の心がありました。今はそういう心の余裕が失われているように感じます」と、シディキさん。

「マニュアルに従えば大丈夫、認証を取ればそれで終わり」という安易な考えではなく、心の余裕に裏打ちされたおもてなしの気持ちこそが必要なのではないか。


japan_banner500-6.jpg

japan_banner500-5.jpg

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ネクスペリア中国部門「在庫十分」、親会社のウエハー

ワールド

トランプ氏、ナイジェリアでの軍事行動を警告 キリス

ワールド

シリア暫定大統領、ワシントンを訪問へ=米特使

ビジネス

伝統的に好調な11月入り、130社が決算発表へ=今
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中