コラム

10代の妊娠が減ったというが

2010年04月12日(月)12時45分

 米室病対策センター(CDC)の報告によると、アメリカでは08年、10代(15~19歳)の出産率が2%減ったという(予備調査データ)。この出産率だが、90年代から2000年代にかけてゆるやかな下り坂で、06~07年に上昇し、それが今回また下落したので喜ばしいニュースとして受け止められている。

 なんせ10代のアメリカ女性の3割が20歳までに一度は妊娠するというのだから、ちょっと驚いてしまう。国連の人口統計年鑑(06年)によれば、先進国の中で10代の妊娠率が飛び抜けて高いのもアメリカだ(日本は低いほうから3番目と、まあ優等生)。

 アメリカでは「結婚するまでセックスするな」と禁欲のみを説く性教育(abstinence-only education)と、避妊方法まで教える包括的性教育(comprehensive sex education)のどちらが有効かをめぐってずっと議論が続いている。

 禁欲教育の始まりは96年。ブッシュ時代に盛んに行われるようになり、そのための連邦政府補助金も増えた。が、オバマ政権は補助金を減らして方向転換を図っている。実際のところ、禁欲教育は包括的性教育より効果がないと指摘する研究がいろいろ出ていて、禁欲教育から手を引く州政府も増えてきた。

 禁欲教育の「失敗例」として有名なのが、08年大統領選で共和党の副大統領候補だったサラ・ペイリン(前アラスカ州知事)の娘ブリストルが18歳の高校生で出産したこと。その彼女が最近、10代の妊娠防止のための公共広告に出演し、話題になっている。

「暗に中絶を勧めることにならないか?」という声があったり、「私が有名な家族の出身でなかったら? 家族のサポートがなかったら?」というブリストルのせりふが、「金持ちだから大丈夫だけど、そうじゃなかったら大変よ」というメッセージに聞こえるとの批判があったり......。私は、彼女の息子が大きくなったときにこのCMを知って、「僕は望まれない子だった。ママの人生を狂わせたんだ」と傷ついたりしないだろうかと心配してしまった。

 10代の妊娠を扱ったTVドラマにゲスト出演したりと、ブリストルは「全米一有名な10代の母」として同世代の役に立ちたいと思っているようだ。それ自体は悪くないが、どうにも居心地の悪さを感じてしまう。「今でも禁欲教育が妊娠防止の最良かつ唯一の方法だと思っている」と言う彼女は、本当にそれが現実的と思っているのだろうか? 禁欲教育は「セックスするな」と諭すだけでなく避妊の仕方も教えない。では、ブリストルは避妊方法を知らなかったのか? 知っていたけど流されてしまったのか? 包括的性教育を受けていたら、どうだったのか?

 今回の出産率減少についても「禁欲教育の成果だ」「いや、そうじゃない」という声が飛び交っているが、その理由を一言でまとめるのは難しい。アメリカの性教育問題には宗教がかなり影響しているし、ヒスパニック系やアフリカ系アメリカ人の貧困問題・教育問題なども関わってくる。とりあえず、コントロールできないなら問題にフタしてしまえ!というアプローチだけでは立ちいかないことは明らかだろう。

 日本でも数年前に「過激な性教育」批判が盛んになったが、そのときの「寝た子を起こすな」という論調には辟易させられた。子供を育ててみれば(または自分の子供時代を考えてみれば)わかるが、子供はもともと寝てなんかいない。興味津々で、お目々はぱっちり開いている。

 そういえば5月5日はこどもの日。アメリカでは今年の5月5日は「こどもを作らない日」、もとい、「10代の妊娠を防ぐ全国デー」だって(毎年5月の第一水曜日)。

――編集部・大橋希

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story