コラム

テレビは自由であるべきか──アメリカの経験にみる放送法見直しの危険性

2018年04月02日(月)14時22分

米国の巨大メディア企業が資本力を武器に参入した場合、米国式の「自由な報道」が日本でも行われかねません。その弊害は、電波事業への外資参入が認められている英国ですでに報告されています。

2017年11月、英国の放送・通信を監督するOfcomはFOXニュースの報道番組が同国の公平原則に反したと結論。この番組は、2017年5月にマンチェスターで発生した、22人の死者を出す爆破テロ事件を取り上げ、「ポリティカル・コレクトネスという『公式のウソ』を強制する『全体主義』の政府がテロ対策に失敗した」という見解を紹介。批判された政府の見解は紹介されず、司会者も異論を示しませんでした。

日本で「公平」が撤廃されれば、この種のニュースも規制されにくくなります。

「自由な報道」は多様性を生むか

これに加えて注意すべきは、自由な報道が「視聴者の選択の自由」の前提である「多様性」を生むとは限らないことです。よく知られる例としては、イラク侵攻(2003)があげられます。

「イラクが大量破壊兵器を保有し、これがアルカイダに渡ると危険」という、およそ荒唐無稽な主張と、「米国の安全のための予防的先制」という論理には、多くの国から反対が噴出。しかし、他の見解を省いたシンプルな意見が各局から洪水のように流された結果、世論調査によると開戦に反対した米国市民はわずか27パーセント。TV報道に何らかの反対意見を表明した市民は3パーセントにとどまりました。

9.11後の米国が一種の集団的なヒステリーに陥っていたことは割り引くべきでしょう。また、CIAなどが誤った情報を提供していたことも確かです。

しかし、疑心暗鬼になりやすい時に何の規制もなければ、全ての放送局からフェイクとヘイトに満ちたニュースが垂れ流され、ほとんど全員が同じ方向に向かっても不思議ではありません。「空気」がまかり通りやすい日本では、なおさらです。

後発者の利益とは

念のためにいえば、報道には公平とともに自由が不可欠です。「報道の自由度」が先進国中最低レベルで、「公平」が政府批判を抑制させる手段の日本では、なおさらです。

その一方で、公平が時につまらなくて非生産的になるのと同じく、自由が過激主義や排他主義に向かいかねないこともまた確かです。

重要なことは、先行する者が常に有利と限らないことです。後発者は先行者の試行錯誤をみて、よい部分を効率的かつ選択的に吸収できます。これは「後発者の利益」と呼ばれます。

「公平」を放棄した米国は自由な報道で間違いなく他国に先行しています。しかし、そこには光も影もあります。後発者はその光を追い、影を避ける余裕があるはずです。少なくとも米国の経験を全面的に見習う必要があるかは疑問で、自由で公平な報道の実現には、より慎重な検討が求められるでしょう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

EU、レアアース供給で中国と対話の「特別チャンネル

ワールド

ブラジル中銀 、3会合連続金利据え置き 物価目標達

ワールド

WEF総裁が「3つのバブル」警告、仮想通貨・AI・

ワールド

米航空会社、政府閉鎖で予約が減少傾向に=業界団体ト
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショックの行方は?
  • 4
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 5
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 8
    若いホホジロザメを捕食する「シャークハンター」シ…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story