コラム

SMエンタテインメント発のガールズグループHearts2Heartsに見る同社の「伝統と革新」

2025年03月06日(木)20時10分

「SM 3.0」を象徴する存在

「SM3.0」とは2023年2月に発表されたSMの戦略を指す。具体的には同社が成長していくためにIP(知的財産)、事業、海外、投資に重点を置くというものである。SMの創業者であるイ・スマンと彼の甥などが経営権をめぐる騒動を起こしていた時期に出したこの戦略は、同社の"脱イ・スマン体制"を強くアピールするのが狙いだったのだろう。Hearts2Heartsは、「SM3.0」の声明では"2023年の第1四半期に登場するガールズグループ"だったが、結局は今年デビュー。それでもSM創立30周年を迎えた月に出した新人だけに周囲の期待がかなり大きいのは間違いない。

彼女たちのサウンド&ビジュアルは、じっくりチェックしてみると実に味わい深い。デビュー曲「The Chase」の作曲は複数の外国人作家が参加しているが、おそらく取りまとめ役は"SMサウンド"の基本を作ったプロデューサー・KENZIEだろう。第1弾シングルは、従来の制作手法で失敗のないサウンドにしたと思われる。

うねるシンセベースのリフレインの上を幻想的な和音がふわふわと浮かんでいるようなトラックは、NewJeansやBOYNEXTDOORなどが得意とする流行の"イージーリスニング"を多少意識しつつも、SHINeeの「Lucifer」(2010年)やf(x)の「4 Walls」(2015年)といった先輩たちの攻めた音作りをリスペクトしているとも言えよう。


SHINee「Lucifer」MV。海外のクリエーターも作曲に参加しているが、H.O.T.のデビューアルバムも手掛けたベテラン、ユ・ヨンジンが作詞・作曲を担当している。 SMTOWN / YouTube


後にNewJeansを生み出すミン・ヒジンがSM在籍時代にプロデュースで参加したf(x)の4枚目のアルバムタイトル曲。 SMTOWN / YouTube


多国籍メンバーが紡ぐ新たな音楽の可能性

メンバーが8人いるのも注目すべきポイントだ。5人前後のガールズグループがメインストリームとなっている現在、あえて大所帯で勝負したのは、SMの看板グループ・少女時代のイメージを重ねたと見るのは考えすぎだろうか。(2015年以降は8人組として活躍する)この先輩のようになってほしいと同じ編成にしたと思うのは、実際に他の事務所でそのような事例があるからなのだが、現時点では推測の域を出ない。


少女時代「FOREVER 1」MV。2022年8月5日にリリースされた少女時代の15周年記念アルバムのタイトル曲。 SMTOWN / YouTube

メンバーの容姿はいずれも清潔感があって可愛らしい。一見すると他のライバルと比較して際立った違いがないように感じるかもしれないが、SMの過去のアイドルグループのリメイクと言えなくもない。K-POPシーンを長い間見てきた者としては、同社の中ではいまひとつの人気だったM.I.L.K.(2001年デビュー)、SHINVI(2002年デビュー)あたりをY2Kファッションのような感覚で再現したと深読みしたくなる。このあたりに関しては発掘・育成した関係者に確認してみたいところだ。


「Come To Me」は2001年12月にデビューしたM.I.L.K.のデビュー曲。わずか1年で解散となってしまったため、2ndアルバムのタイトル曲として作られた楽曲は、4年後に少女時代のデビュー曲「Into The New World」として披露された。 SMTOWN / YouTube


「Darling」は2002年4月にデビューしたSHINVIの代表曲で、オンラインRPG「シャイニング・ロア」のテーマ曲だった。 SMTOWN / YouTube

プロフィール

まつもとたくお

音楽ライター。ニックネームはK-POP番長。2000年に執筆活動を始め、数々の専門誌・ウェブメディアに寄稿。2012年にはK-POP専門レーベル〈バンチョーレコード〉を立ち上げ、イ・ハンチョルやソヒといった実力派を紹介した。現在は『韓流ぴあ』『ジャズ批評』『ハングルッ! ナビ』などで連載。LOVE FMLuckyFM楽天ポッドキャストの番組に出演中。著書は『K-POPはいつも壁をのりこえてきたし、名曲がわたしたちに力をくれた』(イースト・プレス)ほか。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国万科の社債権者、返済猶予延長承認し不履行回避 

ビジネス

ロシアの対中ガス輸出、今年は25%増 欧州市場の穴

ビジネス

ECB、必要なら再び行動の用意=スロバキア中銀総裁

ワールド

ロシア、ウクライナ全土掌握の野心否定 米情報機関の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 7
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 10
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story