コラム

死を覚悟した男と、「暗い絵」を描く子供たち...ウクライナ西部で見た「平和」の現実

2022年06月08日(水)12時04分

220608kmr_ul03.jpg

ボクシングリングのロープに干された洗濯物(筆者撮影)

ボビラさんに「国境を越えれば、もっと環境の良い施設で暮らせるのに、どうして避難者はポーランドに行かないのか」と質問すると、「祖国を離れたくないという人もいれば、お金のない人もいます。ロシア語しか話せない人も多いのです」と語る。意欲のある人は職を見つけられるが、ロシア語だけでは難しい。政府の援助金を当てにする人も少なくない。

避難者のルスラン・アリーユさん(21)は戦争が始まる前はハルキフのパン屋で働いていた。開戦初日の2月24日にロシア軍のロケット攻撃や死者を目の当たりにした。自宅も破壊され、翌25日に家族5人で列車に乗って逃げてきた。残りの家族はフランスに逃れたが、アリーユさんは残った。18~60歳の男性はウクライナ国外に出られないからだ。

年老いた両親を残していけないと実家に残った母

「今は駅で食べ物をふるまうボランティア活動をしているよ。特に感じることはない。とにかく1日も早く戦争が終わって帰宅したい。それだけだ。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領はこれまでのウクライナの大統領の中で最高だ」とアリーユさんは語る。

ポーランドでは若くて健康なウクライナ人男性には出会わなかったが、リビウには筆者が想像していた以上に若い男性がいた。ウクライナに残った男が銃を取ってロシア軍と戦うか否かは実際のところ、それぞれの意志に委ねられているという。

ハルキフの警察学校で学んでいたヨハン・ハフハンコさんは東部ルハンスクの出身だ。ホールで簡易ベッドを組み立てていた。「ロシア軍が攻めてくると、すぐにハルキフからルハンスクの実家に戻りました。母は年老いた両親を残していけないと実家に残りました」。父とハフハンコさんはリビウに逃れてきた。母とは毎日、携帯電話で連絡を取っている。

この避難所でハフハンコさんは7歳の娘がいる女性と恋に落ち、同棲を始めた。「東部戦線のセカンドフロントで戦っている兄からは『ロシア軍の砲撃は激しく、重傷者が出ているので絶対に志願するな』と釘を刺されています。両親も行くなと言います。それでも祖国を守るために戦いたい」とハフハンコさんは語る。

すでに死を覚悟しているような静かな表情だったが、ガールフレンドと7歳の娘を残して前線には行けない。案内役のボビラさんは「大学では経営学を学んでいます。僕はまだ17歳で戦争に行かなくていい年齢です。18歳になる頃には戦争は終わっていると思います。授業はすべてオンラインに切り替えられ、週3日ここでボランティアをしています」と言う。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

仏クレディ・アグリコル、第1半期は55%増益 投資

ビジネス

ECB利下げ、年内3回の公算大 堅調な成長で=ギリ

ワールド

米・サウジ、安全保障協定で近く合意か イスラエル関

ワールド

フィリピン船や乗組員に被害及ぼす行動は「無責任」、
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story