コラム

「瓦礫の下から」シリア内戦を伝える市民ジャーナリズム

2016年08月13日(土)06時47分

<激しい戦闘の続くシリア北部のアレッポは今、欧米メディアもなかなか入れない。その代役となっているのがシリア人の市民ジャーナリストたち。なかでも著名なハディ・アブドラは、「政権の暴力」や「瓦礫の中から救出されるシリア人」を撮って世界に伝えてきたが、彼自身が爆弾テロに遭い、瓦礫の下敷きになって重傷を負った。8回の手術を経て50日ぶりに現場復帰したアブドラは......> (写真:現場復帰後、反体制武装組織アハラール・シャム運動の司令官にインタビューするアブドラ=アブドラのリポート映像より)

 7月初め以来、シリア政府軍による封鎖が続いている同国北部のアレッポ東部地域で、6日に反体制勢力が封鎖を解除したと宣言した。現地からの報道では、反体制勢力が8月になって大規模な攻勢に出ている。政府軍も空爆を強化しており、なお激しい攻防が続いているようだ。

【参考記事】内戦下アレッポで住民200万人の水道網がストップ

 6日に反体制勢力による攻勢が伝えられる中で、アレッポからの新着レポートが届いた。私がインターネットで登録しているアレッポにいる市民ジャーナリスト、ハディ・アブドラのビデオリポートだった。アブドラはシリアの反体制地域で活動する市民ジャーナリストだが、6月16日に自宅に仕掛けられていた爆弾が爆発し、瓦礫の下敷きになって両足を骨折するなど大けがをし、トルコに運ばれて入院していた。一緒にいたカメラマンのハレド・エッサは10日後に死亡した。爆発は著名なジャーナリストである彼の暗殺を狙ったものという見方が強い。ほぼ50日ぶりのジャーナリストとしての現場復帰である。

 足だけでなく、内臓も痛めて、病院で8回の手術をしたという。復帰後初めてのビデオリポートは、アレッポの反体制勢力による攻勢の最前線に立っているアハラーム・シャム運動の司令官の、8月5日に行ったインタビューだった。アブドラは両足の膝から下は包帯がまかれ、車いすに座ってのインタビュー。1か月半の入院のせいか以前と比べて痩せている印象だったが、アブドラがジャーナリズムの現場に戻ったことを、インターネットサイトも衛星テレビも、反体制系のメディアは一斉にニュースとして取り上げた。

 アラブ世界全域で読まれているアラビア語紙シャルクルアウサト紙は、アレッポ攻防戦をめぐる記事の中で、アブドラによるインタビューであることを明示してアハラール・シャム運動の司令官の「短期間で少ない犠牲によって大きな前進を実現した。原動力となっているのは、異なる勢力が力を合わせて戦っていることだ」という言葉を紹介した。このような扱いになるのも、アラブ世界でアブドラの情報の信頼性とともに、彼が「シリア内戦の現場」を代表するジャーナリストとして知られている証拠である。

 私は今年6月にシリア反体制地域で活動する市民ジャーナリズムについて情報を集めていて、ちょうどアブドラのことを知った。彼のこれまでのビデオリポートをチェックしているときに、彼が爆弾テロを受けて負傷したというニュースに接した。その時のことは、いま発売されている月刊誌「Journalism(ジャーナリズム)」(朝日新聞出版)8月号の[海外メディア報告]で「シリアの市民ジャーナリズム 驚嘆すべき命がけの闘い」として寄稿している。シリアの市民ジャーナリズムについてこれまで日本ではほとんど紹介されていない。Journalism誌の記事では、アブドラが重傷を負ったところまでが入っているので、8月になってのアブドラの退院と現場復帰は、私にとってもうれしい知らせとなった。

【参考記事】地獄と化すアレッポで政府軍に抵抗する子供たち

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ガザ停戦でエジプトの役割を称賛 和平実

ワールド

トランプ氏、ゼレンスキー氏と17日会談 ウ当局者も

ワールド

トランプ氏、イランと取引に応じる用意 「テロ放棄が

ビジネス

JPモルガン、最大100億ドル投資へ 米安保に不可
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇敢な行動」の一部始終...「ヒーロー」とネット称賛
  • 4
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story