コラム

「中国を恐れない」韓国・尹政権の胸算用

2022年06月09日(木)15時34分

米韓共同声明で自国をグローバルリーダーと表明した尹(右) JONATHAN ERNSTーREUTERS

<対中包囲網への積極参加を表明するなど大胆な中国離れを示した背景にあるものとは>

野党に国会の圧倒的多数を押さえられた韓国の尹新政権にとって、自由度の大きい外交は存在感を示す重要な手段である。外交で成果を上げて野党に圧力をかけ、国内政治をも有利に運ぼう、という計算だ。

だからこそ、就任直後に実現したバイデン米大統領との首脳会談は、この政権にとって大きな僥倖(ぎょうこう)であった。アメリカの大統領がわざわざソウルまで足を運び新大統領との信頼関係を韓国国民の目の前でアピールするのだから、歓迎されないわけがない。

とはいえ、この会談は1つのリスクもはらんでいた。周知のように、バイデン政権は中国への警戒を強めており、今回の日韓両国への訪問もロシアと並ぶ脅威であるこの国への「包囲網」を形成、あるいは立て直すものであったからだ。バイデンは東京で台湾有事が勃発した場合の軍事的介入の可能性を示唆する発言をも繰り返し、中国はこれに反発した。

このようななか、米韓首脳会談において尹錫悦(ユン・ソギョル)大統領は事実上の対中国包囲網への積極的な参加を表明した。韓国の歴代政権は方向性の違いはあれ、中国への配慮を示してきたから、この選択は大胆に見える。背景にあるのは一体何か。

第1に指摘すべきは、中国に対する尹政権の強硬姿勢に対し韓国国内から大きな非難の声が上がっていないことだ。背景にあるのは朴槿恵政権(パク・クネ)のTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備決定以後の中国による事実上の経済制裁と、韓国国内の対中国感情の悪化である。

とはいえ、もう1つ見逃してはならないことがある。それは韓国における中国への経済的期待の低下である。

OECDの推計によれば、韓国の経済における中国市場の寄与度は、2012年頃までは右肩上がりで急速に上昇したものの、以後は5%程度に低迷している。韓国の貿易における中国のシェアも同様であり、15年以降はほとんど伸びを見せていない。この状況は新型コロナ禍においても、中国への経済的依存度を増やし続ける日本とは対照的なものになっている。

重要なのは、韓国経済の成長にとって中国市場が最大の原動力であった時代がいつの間にか終わっていることだ。そしてこのような状況が、THAAD配備を契機にした中国の圧力と、香港やウイグルをめぐる抑圧的な動きと重なったことで、韓国における中国への期待は急速に失われた。

世論調査会社の韓国ギャラップによれば、中国を「最も重要な国」であると答えた人の割合は2017年の36%から、2021年には17%にまで減少した。2013年、尹と同じ保守派の大統領であった朴が大勢の財界人を連れて中国を訪問した熱気は、もはや存在しない。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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