コラム

イギリスで「勝ち組」と「負け組」が明らかになる日

2017年11月30日(木)17時20分

地味だが役に立つ重要な改革

予算で触れられてすらいないものもあった。若者世代の重荷になっている学生ローンについては、何らかの対策が取られるだろうとささやかれていた。金利を下げるとか、返済開始義務が生じる所得レベルを引き上げる、などの措置だ。でも、どちらも予算では表明されず、多くの若者たちがこれからも過酷なローンの返済と高い利息(年率6.1%)に苦しめられることになった。

予算の中で僕が一番関心を持っていたことは、どこでもあまり報道されていない。「課税最低限度額」、つまり所得がこの額に達すると所得税を払わなければならなくなるという基準額がさらに引き上げられたことだ。今ではイギリスで低所得の仕事に就く人の多くが所得税を払わずにすみ、この基準額を少し上回っている人も、超えた分だけの少額の所得税を納めればいいことになっている。近年、仕事の性質が大きく変化しているだけに、これは非常に重要なことだ。

昔からある低所得の仕事に加えて、最近では高齢者が退職後にパートタイムで仕事をしたり、新しいタイプの自営業(僕が最近初めて知った例でいえばファストフードを自転車で配達するとか)を始める人がいたり、と「ギグ・エコノミー」と呼ばれる非正規の仕事に就く人が増えている。

僕が7年前にイギリスに戻ってきたころ、課税最低限度額は5225ポンドだった。今ではその約2倍(1万1500ポンド)になっているし、来年は1万1850ポンドになる予定だ。2020年には1万2500ポンドまで上げると政府は公約している。

このおかげで、たとえ利益が小さいビジネスだったとしても、税金を取られず稼いだお金のほぼ全てを手にできるから、この制度は人々が仕事に就いたり、小さなビジネスを始めたりするのを後押しする大きなインセンティブになるだろう。それでも国民保険には少々カネを払わなければならないだろうが、全般的に見れば税の負担はないも同然だ。

金融危機以降、僕たちが史上まれに見る低失業率を達成しているのは、イギリス経済の偉大なる成功ストーリーの1つだ。ただ、金融危機後に創出された仕事の多くは低賃金で不安定だという点も否定できない。働かないで生活保護を受けるか、それともあまりお金にならなくても何であれできる仕事を受け入れて働くか、という苦しい選択に直面している人を救わないようでは、政府の怠慢と言われてしまうことだろう。

課税最低限度額の引き上げはこのような人々を救う免税措置なのだが、段階的に少しずつ行われてきたせいか、あまり大きく報道されていないし、大歓迎する声も聞こえてこない。これは、「バジェットデー」につきものの、まるで帽子からウサギを出すマジックのように見栄えのする改革案とは対照的なタイプのものだ。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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