コラム

懐かしいビーチの悲しい変身

2013年08月21日(水)16時41分

 最近、クラクトン・オン・シーを久しぶりに訪れた。子供の頃、両親によく連れて行かれたエセックス州にある海辺の町だ。懐かしかったし、町がどのくらい変わったかを見るのはおもしろかった。

 ビーチはやや寂しい感じがしたが、それは僕がこれまでオーストラリアやアメリカのもっと美しくて壮大なビーチ訪れてきたからだろう。でも全体としては、イギリスの海岸に独特な特徴が今も残っていることがちょっと嬉しかった。

 たいていは桟橋があり、海の上をずっと歩いていくことができる(イギリスで一番目と三番目に長い桟橋は、僕の故郷エセックスにある)。ゲームセンターもある。そこで子供たちは――もちろん大人も――スロットマシンやシューティングゲーム、クレーンゲームなどあらゆるゲームを楽しめる。それから、ビクトリア朝時代の壮麗な建築物が見られる。当時の伝統的な「内陸」の建築物より少し派手な、大きくて古いホテルや宿泊施設だ。パブもあるし、明るい色をした小屋、フィッシュ&チップスの店やアイスクリームの店、レンタルのデッキチェアも......。エセックスの海辺の町は、ロンドンの労働者階級にとても人気が高い。町の雰囲気からそれがよく分かる。

 しかし、僕を落ち着かない気分にさせる物もいくつかあった。町役場の公衆トイレには青色の蛍光灯が使われていた。麻薬中毒者が麻薬を注射できないようにするためだろう(青色灯の下では静脈が見えない)。町のあちこちに、「暴力は許さない」と強く警告する警察のポスターがたくさんあった。町の中心部では、昼間から酒を飲んでたむろしている若者がたくさんいる(イギリスでは珍しいことではないが)。

 たまたまクラクトン・オン・シーを訪れた数日後、ああした古くからの海沿いの町が今のイギリスでは最も恵まれない地域に含まれる、と示唆する報告書が出た。一見にぎわっているが、実際には訪れる人の数は数十年前に比べてずっと少なくなっている。もっと明るくて、もっと美しいスペインやポルトガル、タイなど海外のビーチに出掛けていくイギリス人が増えているからだ。僕たちはイギリス国内の海に行くことも、そこでお金を使うことも少なくなった。鉄道の時代には人々は海辺に出かけて行ったが、飛行機は人々をもっと遠くに連れて行ってしまった。

■イギリスで「最も貧しい」住宅街まで

 イギリスにかつてあった「製造拠点」も今は少なくなっている。小さな町では、労働者階級が失業して「下層階級」になることが非常に多い。ロンドンなど大都市の貧困地区や北部の工業都市を再生させるためには公的資金が投入されているが、クラクトン・オン・シーやグレートヤーマスのようにかつてにぎわった町のためにはほとんど何もなされていない。これらの場所では今や、「福祉依存」や10代の妊娠の割合がびっくりするほど高い。

 クラクトンでは海岸沿いに3キロほど気持ちのいい散歩をした(ゴルフコースの横を通ったのを覚えている)。そのとき、前述の報告書にイギリスで「最も貧しい」と書かれていた住宅街のすぐそばを歩いていたことを知って、僕は驚いた。

 子供の頃に来たときは、ここに住んでいる子供たちがうらやましくて仕方なかった。毎日楽しく過ごしているんだろうな、と。でも、実際に住んでみたらそれほど面白くもないだろうと、僕の父はよく言っていた。現実には、「面白くない」よりもっとひどいことが分かった。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米コロンビア大、反イスラエルデモ参加者が建物占拠 

ビジネス

米雇用コスト、第1四半期1.2%上昇 予想上回る

ワールド

ファタハとハマスが北京で会合、中国が仲介 米は歓迎

ビジネス

米マクドナルド、四半期利益が2年ぶり予想割れ 不買
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    衆院3補選の結果が示す日本のデモクラシーの危機

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 7

    「瞬時に痛みが走った...」ヨガ中に猛毒ヘビに襲われ…

  • 8

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 9

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 10

    日銀が利上げなら「かなり深刻」な景気後退──元IM…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story