コラム

僕の故郷が生んだイスラム過激派の殺人犯

2013年06月13日(木)17時15分

 僕が生まれ育ったロンドン東部のロムフォードは特におしゃれでもなく、有名でもない。だからロムフォード出身の誰かがニュースになると、興味を持ってしまう。そしてちょうど今、ある男がしょっちゅうニュースに出ている。彼はロムフォードで育っただけでなく、僕の実家から一番近い学校に通っていた。事情が違えば、僕も通ったかもしれない学校だ。

 その男は、殺人罪で起訴されているマイケル・アデボラージョ。彼とその共犯者は5月下旬、ロンドン南東部の路上で男性を故意に車ではね、さらに白昼堂々、肉切り包丁でめった切りにして殺害したとされる。アデボラージョは血まみれのまま殺害現場に立って、自分のしたことの正しさを通行人に説明していた。これはイスラム教のための戦いで、イラクやアフガニスタンでイギリス軍に苦しめられているムスリムたちを守るためだ、と。犠牲者は25歳の英軍兵士、リー・リグビーだった。

 事件の残虐さに、イギリス人はみんな吐き気を覚えた。アデボラージョが自分を正当化するためにぺらぺらまくし立てた、ばかげた話もまったく理解できなかった。彼がなぜイギリス社会から疎外され、若い男性を残忍に殺害することが英雄的行為だと信じるようになったのか、多くの人が不可解に思っている。

 当然ながら、僕はどこかの時点で彼と通りですれ違っていたかもしれないと考えて(彼は僕より14歳年下だが)ぞっとしたし、同時に心引かれもした。

■不満を抱いているのは移民2世や3世

 過激なイスラム主義に染まっているのは、アデボラージョだけじゃない。彼のような若い男性の集まる小グループが、イギリスのあちこちの都市に存在する(彼らはほとんどみんな「若い男性」だ)。イデオロギーのために人を殺そうとするイギリス人も、アデボラージョやその共犯者だけじゃない。01年にアメリカの民間航空機を狙った「靴爆弾テロ未遂犯」リチャード・リードや、05年のロンドン同時爆破テロ犯の4人がいい例だ。

 なぜ若い男性がイスラム原理主義者になるのか。「すべての例が説明できる理由」はないが、複数の危険因子があると言えるだろう。アデボラージョにもそのうちのいくつかが当てはまる。

 まず第一に、社会から疎外されているという感覚だ。これには多くの原因がある。自分の妹が薬物乱用で死んだのは社会に厳しさが欠けるせいだと考え、イスラム過激派になった男の話を僕は読んだことがある。

 不満を抱いている人の多くは移民2世や3世のようだ。不思議に思えるかもしれないが、移民1世はたいていイギリスに強い愛国心を抱いている。イギリスを自分の故国と考え、よりよい生活を送るチャンスをくれた国だと信じているからだ。しかしその子供たちには喪失感を味わう者もいる。彼らは自分がイギリス人として認められていると思えず、差別されていると感じる。かといって、祖先が暮らした故国とのつながりはほとんどない。例えばアデボラージョは、ナイジェリア移民の息子だ。両親はイギリスでは成功しており、息子の犯した殺人にうろたえているという。

■ギャングと過激派の共通点は

 若い男性の多くが犯罪や麻薬、ギャングなどを通して、イスラム過激派グループと出会うようだ。今のイギリス社会では犯罪、麻薬、ギャングの3つは切っても切り離せない。アデボラージョは10代の頃、他人にナイフを突きつけて携帯電話を盗んだことがあると言われている。マリフアナを吸うのを卒業した後は、ロンドン南部の荒れた公営住宅団地で麻薬を売るギャングに加わった。

 人は麻薬のせいで暴力的な犯罪に走るのか、それとも犯罪者は麻薬が好きなのか、ある種の人々の場合は両者が危険に絡み合うのか、僕には分からない。アデボラージョは自分の目の前で麻薬の売人仲間が殺されたとき、自分も刺されて傷を負ったという。長い間、殺人や傷害が身近にあり続けた人間にとって、それがどの程度まで「普通のこと」になるのか、僕たちは推測するしかない。

 人々は当初、ギャングからイスラム過激派に転向する人がいることに驚いた。しかし、帰属意識を与えてくれるという意味で過激派はギャングに似ている。その上、目的意識や無秩序な環境にいる人間が切望する「規律」ももたらしてくれる。特に若い男性とは冒険しがちなもの。世界を再構築し、物事を正しい状態にし、理想主義者の集団の一員になるという感覚が大好きだ。だから若い男性は革命運動や独立運動に引き込まれやすい。イギリスでは過激なイスラム主義が、一部の若い男性にとって冒険心のはけ口になっている。

 イギリスではイスラム過激派の導師が若い男性をジハード(聖戦)に駆り立て、欧米の価値観を憎悪させる役目を果たしているのは明らかだ。彼らは「ジハード」はイスラム教の聖典コーランで説明されている「神の意志」だと言い、殺人行為はジハードだと正当化する。イギリス政府は04年以降、過激なイスラム聖職者アブー・ハムザを国外追放しようとしている。しかし今のところ、ハムザの弁護士(国の税金で雇われている)がそれを阻止している。

■「新参者」がイスラム過激思想を受け入れやすい

 イスラム過激派の一部は、難民法に基づいてイギリスが入国を認めた人々だ。祖国にいれば信条などを理由に迫害される、問われた罪について公正な裁判を受けられないと、彼らは主張する。つまりイギリスは民主主義や司法を信じるがゆえに、僕らの価値観を軽視する人々に避難場所を提供しているのだ。

 若い男性は大学で勧誘されることが多い。ロンドンのグリニッジ大学(1年しか通わなかったが)在学中に、イスラム教に改宗したアデボラージョもたぶんそうだった。イスラム過激派の連中は、家族と離れている人々がどこで見つかるかをちゃんと知っているのだ。刑務所で勧誘されることもある(アデボラージョの共犯者や靴爆弾犯のリードは「塀の中」で勧誘されたらしい)。

 興味深いことに、イスラム過激派の中で改宗者の占める割合は驚くほど高い。アデボラージョも共犯者も黒人のキリスト教徒家庭の生まれだし、リードにはイギリス人とジャマイカ人の血が流れている。イスラム教徒として育った人々の方が、「イスラム教は宗教の名を借りて人を殺すことを正当化しない」「イスラム原理主義は本来の姿から逸脱している」と分かっているのだろう。後からイスラム教に改宗した「新参者」の方が、ジハードは聖なる勤めであり、ジハードを信じない者は敵だという思想を受け入れやすい。

 僕の地元の学校に通った1人の少年が、どのようにしてイスラムの名をかたる殺人犯となったのか。アデボラージョの裁判は明らかにするだろう。ただ悲しいことに、どんな話なのかはだいたい想像がつくし、それを防ぐ手立ても今のところ見つかっていないというのが現実かもしれない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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