コラム

弱者を弱者に甘んじさせないために

2015年08月25日(火)17時45分

 少々脱線しますが、経済的弱者が救われなければ本質的な意味での社会全体の経済増強はなり得ませんから、トリクルダウンなどという発想はナンセンスと切り捨てておきましょう。その効果がほとんど期待できないということは既に世界中でベストセラーとなったピケティ氏の「21世紀の資本」やOECD報告書の「格差と成長」で触れられており、今や国際通念と言っても過言ではありません。大体、強者から順に豊かになり、それが下の方に滴り落ちていくはずなどという発想自体、大多数の弱者は強者の手から滴り落ちてくる「おこぼれを」を待てというようなもので、失礼極まりない話です。

 例えば米国での格差は現状でも酷いものですが、格差是正に向けて方向転換をしており、そのための中間層向けの経済政策は「功を奏す」と今年の一般教書でもオバマ大統領が断言したほど(So the verdict is clear. Middle-class economics works. 「審判は明らかだ。中間層向けの経済政策は功を奏す」)。社会格差の是正が国際社会の主流テーマとなっている中で今さらトリクルダウンなどというのは完全に時代錯誤、周回遅れの経済政策とも言えましょう。たとえ外部要因で株価が大暴落を起こしても、国内経済の実体が増強されていれば市場の激変による荒波も乗り越えることができるのです。

 OECD報告は「蔓延している所得格差の拡大が社会・経済に及ぼす潜在的な悪影響が懸念されている」との指摘ですから、実体経済置き去りのままの株価上昇ありきではなく、目指すべきはボトムアップの経済政策、つまり弱者を弱者に甘んじさせない経済政策や税制などの制度が必要であり有用となります。というわけで、社会的弱者である障がい者を社会でいかに受け入れるかを考えることは、ボトムアップの経済政策を考えるベースにも通じるわけです。

 障がい者を社会でいかに受け入れるかについて。米国は2015年7月26日に米国障がい者法(Americans with Disabilities Act、通称ADA)が施行されて25周年を迎えました。(こちらがその原本となります)

 この法律は差別を非合法とする公民権法の中の1つに位置づけられるものです。今となっては何ら目新しいことではないように思われるかもしれませんが、施行当時としては障がいによる差別を一切禁止する、世界初の障がい者に対する包括的な法律でもありました。当時、全米で4300万人いるとされた障がい者の完全なる人権と平等を実現し、社会参加に対する全ての差別を禁止した内容は日本には「衝撃」として伝わっていましたので、四半世紀前から日本での弱者への理解がいかに遅れていたかが想像できます。現在、日本でもバスや鉄道などにバリアーフリーの場所が確保されるようになったのも、公共交通機関は障がい者が容易に利用できなければならない、というADAの大きな柱を受け継いだものといってよいでしょう。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米テスラの欧州販売台数、10月に急減 北欧・スペイ

ビジネス

米国のインフレ高止まり、追加利下げ急がず=シカゴ連

ビジネス

10月米ISM製造業景気指数、8カ月連続50割れ 

ワールド

中国首相、ロシアは「良き隣人」 訪中のミシュスチン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story